この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

不知火検校(しらぬいけんぎょう)

金が好き、女が好き。悪行をなめつくす盲目の極悪人を勝新太郎が怪演。座頭市の原点となった時代劇。


  製作:1960年
  製作国:日本
  日本公開:1960年
  監督:森一生
  出演:勝新太郎中村玉緒、近藤美恵子、須賀不二男、安部徹、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
  注:差別的な表現が出てきます。
  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    おはんのペット
  名前:不明
  色柄:黒


◆悪名

 前回の『はなれ瞽女おりん』(1974年/監督:篠田正浩)の盲目の女性・おりんの話に続き、今回は盲目の男性・杉の市をご紹介します。さだめに身をさいなまれた哀切なおりんの生涯に比べ、この杉の市は憎んでも憎み足りない極悪人。欲におぼれた杉の市に待っていたものは?

◆あらすじ

 江戸時代、盲目の杉の市(勝新太郎)は、江戸で按摩として暮らしていた。貧乏長屋の子どものころから悪知恵は人一倍。大人になってからは女性をおとしいれて平気で乱暴したりしていた。
 ある日、杉の市は按摩の師匠である不知火検校(荒木忍)の用事の折に鈴ヶ森で癪(しゃく)に苦しんでいた男に気づき、男が大金を持っていると知るや治療に見せかけて鍼で殺して金を奪う。それを生首の倉吉(くらきち/須賀不二男)という男に見とがめられ、金を半分やって口を封じる。倉吉は鳥羽屋丹治(安部徹)を頭領とする盗賊の一員で、それ以後、杉の市は倉吉たちに金持ちの情報を提供して強盗の分け前にあずかるようになる。
 杉の市の師匠の不知火検校もたんまりと金をため込んでおり、旗本の岩井藤十郎(丹羽又三郎)の妻・浪江(中村玉緒)から借金を申し込まれていたが、断るよう杉の市を岩井の屋敷へ使いに出す。浪江は弟が使い込みをした金を夫に内緒で穴埋めしようとしていたのだが、杉の市は師匠が断っても自分が金を貸すと言って五十両を渡して浪江を安心させ、すきを見て彼女に乱暴してしまう。さらに杉の市は浪江から金を取り上げて浪江が自分の家に取りに通うよう仕向け、夫にばれた浪江はついに自害する。一方、杉の市は丹治や倉吉に師匠の不知火検校を殺して金を奪えと指図し、初代亡きあと自分が二代目不知火検校の地位に収まる。
 不知火検校こと杉の市は、金と地位に物を言わせて巷で美人と評判の湯島のおはん(近藤美恵子)を妻にしたが、おはんにはもともと房五郎という恋人がいて検校に隠れて会っていた。検校はそれに気づいて二人を殺し、一方、将軍家姫君のご療治のため御殿に呼ばれることになった。検校は得意の絶頂で駕籠に乗って御殿に向かう。
 その頃、生首の倉吉は鈴ヶ森で杉の市に殺された男の殺人容疑で捕まっていた。倉吉は杉の市にはめられたことに気づく・・・。

◆白と黒

 この映画のラスト30分を切ったあたりで猫が登場します。最初は錦絵で。不知火検校となった杉の市が武士たちと酒を酌み交わす席で、湯島のおはんのことが話題になります。彼女を描いた豊國の錦絵が宴席に回され、検校も手でその絵をさぐり、おはんの美しさを想像します。錦絵・浮世絵には歌舞伎役者とか町で評判の美人がよく描かれ、美人のいる店屋には客が押し掛けたといいます。画像が情報発信の強力な武器というのは昔も今も同じ。その錦絵にはおはんとともに、白猫が描かれています。
 おはんが何をしていた女性かについては言及がありませんが、不知火検校は芸者だったおはんを身請けして妻にしたのだと思います。開いたふすまの向こうで会話する二人が見える隣の暗い部屋には床がのべてあり、1匹の猫が毛づくろいをしています。錦絵では白猫でしたがここでは黒猫。いずれにしてもおはんはかなりの猫好きのようで、常に猫を肌身離さず抱いています。この猫が黒いところが、検校との結婚が陰の気を帯びていることを思わせます。おそらくおはんは相手の目が見えないので房五郎と密会してもわからないだろうと高をくくって、検校の妻という身分を手に入れる一方で不倫を続けるつもりでいたのでしょう。しがない指物師の房五郎では一生自分を身請けして自由にしてくれる見込みはない。黒猫はそんなおはんの後ろ暗さを表しているように思います。
 けれども悪さについては検校の方が一枚も二枚も上。おはんが猫に話しかけている内容を聞いて、検校はおはんの隠し事に気づきます。皆さん、猫に秘密を打ち明けてはいけませんよ。

  ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

      

◆三つ子の魂

 映画が始まるとすぐ、七之助と名乗っていた子どもの頃の杉の市のエピソードが展開します。お祭で男衆がひしゃくで酒をすくって飲んでいると、桶の中に自分の洟を投入し桶ごともらって帰るという悪ガキぶり。さらに目が見えないことを利用してまんまと人をだますのですが、まだ映画を見ていない方のため、これは黙っていましょう。
 大人になってからは色欲が加わり、悪質さがエスカレート。杉の市に辱められて自殺した女性が二人、自分が直接殺したのが三人、間接的に他人に殺させたのが二人、極刑間違いなしの極悪人です。
 それなのに陰気な芝居になっていないのは、勝新太郎の天性のとぼけたような味のおかげ。杉の市の悪の天才ぶりに舌を巻き、次にはゾッとさせられ、時代劇らしいクライマックス、ラストのリアリズムに唸る、目を離すスキのない一作です。

◆カツシンと呼ばれた男

 勝新太郎が亡くなったのは1997年。自分でプロダクションを設立し、映画やテレビドラマを製作した彼は、シナリオを無視してその場でオリジナルの演出を思いつき、周囲を激しく混乱させたということですが、彼は即興型・憑依型の演技者だったのでしょう。『不知火検校』にその片鱗が見えます。
 「カツシン」と呼ばれ、ほかに比べられる人のない個性の持ち主。その人柄をしのばせる驚きのエピソードは書籍やインターネットなどで少し調べれば山と出てきます。私のお勧めの本は1冊丸ごと勝新太郎と著名人との対談集『泥水飲み飲み浮き沈み 勝新太郎対談集』(文藝春秋/文春文庫/2017年)。ただし、私は電車の中で読んでいて吹き出してしまいましたのでご注意を。

 我が白井佳夫師匠は勝新太郎と親しく、こちらもお勧めの本『銀幕の大スタアたちの微笑』(白井佳夫日之出出版/2010年)に面白く語られていますので、以下に少しかいつまんで紹介させていただきましょう。

 1965年に初めて会ったとき、すでに勝新太郎は大スターの地位にあったそうで、インタビューに訪れたキネマ旬報の若手編集者だった白井師匠は気後れしていたそうです。大映撮影所でおずおずと隣に腰を下ろした白井師匠に、勝は「この間この撮影所で誰だかわからないすごいいい女にすれ違った。とっさにフラフラとその女の後をついて行ったらその女が振り向いてにっこり笑った。えっと思ったら玉緒でやがんの!」と語ったとか。このとき勝新太郎中村玉緒と結婚して3年目、のろけ話だったのです。すっかり打ち解け、師匠はのちに勝新太郎を「勝ちゃん」と呼ぶ仲となったそうです。

 この『不知火検校』で勝新太郎中村玉緒にほれ込み、諸々のハードルを越えて口説き落とした末に結婚。「ガハハ」と笑う玉緒さんしか知らない若い方も、勝新太郎がほれ込んだ若き日のしとやかな姿をこの映画でぜひご覧になってください。

出世作

 そんな勝新太郎が個性派俳優の第一歩を踏み出した『不知火検校』。これより前の勝新太郎は二枚目の線で売り出されたものの人気が出ず、大映で同期の市川雷蔵に大きく引き離されていたそうです。私の見たところ、その頃の勝は丸顔のためりりしい若武者といった風情で、雷蔵に比べると大人の色気が足りません。
 その勝が中村勘三郎の舞台の『不知火検校』を見てどうしてもやりたいと思い、原作者の宇野信夫から映画化権をもらって自ら森一生監督に掛け合い、自分が思った通りに役作りをしたそうです(前掲書)。この役が評判を呼び、その後のアウトローでも憎めない独特のキャラクター、盲目の居合の達人・座頭市を生むきっかけとなったと言われています。

 二枚目時代の勝新太郎市川雷蔵と共演した映画はいくつもありますが、この映画で監督を務めた森一生の『薄桜記』(1959年)が有名です。

◆検校と座頭

 ところで「検校」と「座頭」とはどういう人なのか。このブログで以前取り上げた『怪談佐賀屋敷』(1953年/監督:荒井良平)では検校として龍造寺又一郎が登場しました。また、八橋検校という筝曲家の名を聞いたこともあるかと思います。
 明治初期には廃止されたそうですが、室町時代以降、当道という座(職能集団)が組織され、盲人は按摩や鍼灸、琵琶や三味線や筝曲などの技能を習得し、それによって自活していました。江戸時代には身分によって従事できる仕事が決まっており、盲人は当道座によってそれらの職能を独占的に彼らのものとしていたわけです。当道には官位があり、上から検校、別当、勾当、座頭と分かれていて、この映画の中で殺された初代不知火検校が言っていたように、家柄や人格、技能の優劣に加え、上の位に上がるために官位を金で買うこともあったようです。身分制社会では盲人の間にも生まれの違いで階級差別があったわけです。また当道は男性だけの集団で、瞽女瞽女集団での官位があったそうです。
 初代不知火検校は弟子の座頭たちを前にして「お前たちの中で検校になる見込みのある者があるか」と問います。そこで杉の市が自分がなる、と声を上げます。貧乏長屋出の杉の市がそう言ったので、初代もほかの座頭たちも鼻で笑います。杉の市のそのときの不気味な表情。
 初代不知火検校は杉の市の手引きで殺され、杉の市はその貯め込んだ金を奪い取って、言ったとおり検校の位を手に入れるのです。思えば、七之助と名乗った子どもの頃、母親が「千両あれば検校になれるのに」と泣きわめいたとき、彼の人生のシナリオが決まったのかもしれません。江戸時代の社会制度が彼をこのような怪人に育ててしまったと言えるでしょう。

 

(注):「当道」については、『瞽女うた』(ジェラルド・グローマ―/岩波書店/2014年)のほか、インターネットの「コトバンク」を参考にしました。

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