この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

人間蒸発

  製作:1967年
  製作国:日本
  日本公開:1967年
  監督:今村昌平
  出演:露口茂、早川佳江、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    勤め先の社長の飼い猫?
  名前:不明
  色柄:白? 薄い色の茶トラ?
     (モノクロのため推定)

失踪した婚約者を探す一人の女性。現実とフィクションの間を知られざる過去が行き来する。


◆テレビからの発信

 「人間蒸発」と言っても、宇宙人にさらわれた、などというSFもどきの話ではありません。昭和40年代頃から、人が突然失踪することを「蒸発」と呼ぶようになりました。文字通り、蒸発したように、跡形もなく姿を消すからです。この映画の題名がもとになっているのか、それ以前から人の失踪をこう表現するようになっていたのかはよくわかりません。
 この映画の中でTV番組「木島則夫モーニングショー」の、失踪した人をテレビで呼びかけて探し出そうとするコーナーが登場します。家族や知人が登場し、失踪した人の特徴などを伝え、市民からの情報を求めるというものでした。人には言えない事情があるからこそ黙って姿を消す本人、世間の好奇の目にさらされながらカメラの前で呼びかける人、息苦しくなるようなテレビの記憶です。

◆あらすじ

 昭和40年(1965年)4月、大島裁(ただし)という、当時30歳の青年が、勤め先の会社の出張のあと独身寮に荷物を置き、忽然と姿を消した。勤め先には顔を出さず、婚約者の早川佳江(本人)にも何も告げることはなかった。映画監督の今村昌平は、現代の日本の中でかくも多くの人間が蒸発するという現実を追究しようと、大島が姿を消して1年半ほどたってから、佳江が彼を探す過程を撮影し、俳優の露口茂を各地の取材に同行させる。
 大島はおとなしい性格で、おしゃれで女性にもてたが、仕事はあまりできず、会社の金を何度か着服したことや、佳江の知らない女性関係があったことなどが次々と明らかになる。中でも、佳江の心を波立たせたのは、佳江の姉のサヨが、自分に黙って大島と二人で会っていたという目撃証言だった。自分の知らない大島の素顔を知るとともに、佳江の大島に対する気持ちは薄れ、撮影中ずっと自分に付き添っている露口茂を愛するようになる。
 芸者をやったり、誰かの二号になったりした姉のサヨを子供のころから「不潔だ」と嫌っていた佳江は、大島の会社にサヨが電話をかけていたという電話交換手の話と、サヨが大島と歩いていたのを目撃したという近所の店の人の話をもとに、露口と今村監督が同席する場で、サヨを追及する。サヨはそんなことは一度もないと言い張るのだが・・・。

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◆猫の蒸発

 映画が始まってから30分ほどしたところで、ほんの数秒、猫が登場します。大島さんが勤めていたプラスチック製品の問屋で、大島さんと噂になっていた女性関係の話を社長夫人や女子社員から聞いている場面です。昔の店によくあった、上り口の奥が自宅になっているようなところで、柱の陰で佳江さんと見られる女性が、社長宅の飼い猫らしい猫を抱いています。
 大島さんは新潟の農家の四男。親から継ぐ田畑もなく、中卒で東京のこの会社に集団就職し、社長一家の息子のようにして大人になったよう。そんな彼が姿を消したことに、社長夫妻も心を痛めています。
 一方、大島さんと姉との疑惑に苦しむ佳江さんは、2匹の白猫を出刃包丁で切りつけ、木箱に詰めて上から板で押さえて釘を打ち付けるという陰惨な夢を見ます。自分の中にそんな残虐性があったのかとぞっとした、と佳江さんは語ります。

 猫を飼ったことのある人で、かわいがっていた猫が蒸発し、悲しんだ経験をされた人も多いと思います。猫が帰ってくるおまじないも古くからありますが、近年すっかり猫返し神社として有名になったのは、東京・立川の「阿豆佐味天(あずさみてん)神社」。ジャズピアニストの山下洋輔が愛猫の行方不明でお参りした翌日、帰ってきたといういきさつを書いた『猫返し神社』(飛鳥新社、徳間文庫ほか電子書籍も)という本を読まれた方も多いのでは。
 今年2022年6月から、販売される犬猫にはマイクロチップの装着義務化、それ以前から飼っている飼い主には努力義務化されることになっていますが、これで蒸発した猫が無事飼い主の元に戻ることが増えればうれしいことです。「あそこが嫌で家出したのにまた連れ戻された」と嘆く猫もいるかもしれませんが。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆映画と虚構

 今村昌平監督が、どのようにしてこの映画のメインキャラクターである早川佳江さんに白羽の矢を立てたのかは描かれていませんが、これは、実在の失踪者を探すという過程の中で、何が真実で何が虚構かが混沌としてくる、何とも不可解な味わいの映画です。ところどころでゲリラ的な隠し撮りも行われ、関係者のプライバシーが一皮、また一皮と暴かれて行きます。
 実はこの映画は、ドキュメンタリーの形をとりながら、フィクションでもあり、その境ははっきりとはわかりません。けれども、どこが現実で、どこがフィクションか、と区別することはあまり意味のないことと思います。まだ見たことのない方は、この映画をあまり調べたりせずに見てほしいと思います。いいか悪いか、面白いか面白くないか、という評価とは別の、映画というものが本質的に備えている虚構性というものに向き合うことができるからです。

◆真実のありか

 真実を写すと書く写真であっても、映像であっても、自動シャッターだったり、固定して映しっぱなしだったりするものを除いて、何かを写そうと人間が介在する限り、必ず何らかの主観が混ざります。それは、現実を客観的に取材していると見えるドキュメンタリーにおいても、です。「人間の欲望」を伝えようとドキュメンタリーを製作する場合、そのテーマに沿った映像や発言が取捨選択され、作り手が自分の都合に合った「真実」を創作することができるのです。たしかに、それは現実の断面であり嘘ではないのかもしれませんが、あくまで一部分でしかなく、鏡のように現実を映しているように見えるドキュメンタリーであっても、そこに虚構がないとは言えません。映画として何かを残す限り、それはドキュメンタリーの形を取りつつもフィクションの要素が混ざりこまざるを得ない、ということがあるのです。『人間蒸発』は、真実でもあり虚構でもある、極めて映画的な経験ができる作品だと言えるのではないでしょうか。
 人間は誤った記憶を真実と思っている場合があります。それは嘘ではなく、その人の世界では真実です。私たちは、自分がこうだと思っていることをなんら客観的事実と証明することができない、そういうあやふやな世界に生きているということをこの映画は写し取っているように思うのです。

◆監督今村昌平

 人間の欲望や性、土俗性を作品の前面に取り込んだ今村昌平監督。生き物としての人間の発する禍々しい匂いと、泥の匂いとが結合して漂ってきそうな映画とでも申しましょうか。
 『人間蒸発』でも早川家の先祖代々にわたって調べ上げているように、リアリズムを追求し、ロケで狭い室内にカメラを入れて、撮りたい映像を撮るために隣の家に入って壁に穴をあけたとか、当事者への綿密な取材でインタビューノートが何冊にもなったり、出演する素人が質問に合った答えを話しだすまでカメラを回しっぱなしにしたりなど、材料を集めすぎて何が何だかわからなくなくなってしまったという話も(注1)。
 テレビも含めドキュメンタリーの時期のあと、実在の犯罪者をモデルにした佐木隆三の小説が原作の『復讐するは我にあり』(1979年)で、国内の多数の映画賞に輝きます。
 その後、日本の姥捨ての因習を描いた『楢山節考』(1983年)と、妻を殺した男が立ち直っていく『うなぎ』(1997年)で二度、カンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールを受賞しています(『うなぎ』のロケ地近くの鰻屋に入ったとき、今村監督のサインが飾ってありましたっけ)。
 1975年、現在の日本映画大学の前身である、横浜放送映画専門学院の初代校長・理事長に就任、映画界・テレビ界に人材育成の面でも貢献しています(私の高校のクラスメートで、普段いるのかいないのかわからないのに、先生が雑談で映画の話をちらっとでもすると、すかさずそれにコメントを発したW君はここに進んだはずですが、今どうしているのやら)。
 『人間蒸発』の中でも、少し頬のふっくらとした恰幅の良い姿をたびたび登場させていた今村監督は、NHKのインタビューで、「人間ってものがかくも複雑多面体、ということがある。昨日のことと今日言うことが違うということは、ウソでもあるが両方とも本当だっていうことだってあるわけですね。それは表裏一体なものなので、それを総じて人間だというわけでしょ。甚だ面白きものだと思います」、と語っています(注2)。

◆蒸発の波紋

 『人間蒸発』では、大阪の淀川で大島さんにとても外見のよく似た水死体のデータが見つかります。ぱっと写真を見た瞬間、大島さん本人ではないか、と思うのですが、映画はその死体が大島さんだったかどうかの解明には向かいません。あくまでも、大島さんの蒸発を巡っての周囲の人間たちの混乱に向かっていくのです。この映画の製作そのものをも含めて。

 

(注1)「今村昌平監督の日本的リアリズムと人間学」(『監督の椅子』白井佳夫/(株)話の特集/1981年)
(注2)「あの人に会いたい/今村昌平」(「NHKアーカイブス」より)撮影年月不詳

 

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