この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

宗方姉妹

  製作:1950年
  製作国:日本
  日本公開:1950年
  監督:小津安二郎
  出演:田中絹代高峰秀子上原謙山村聰笠智衆、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    三村家の飼い猫
  名前:タマ、クロなど4匹くらい?
  色柄:黒、黒白のブチ、茶白のブチなど
  その他の猫:居酒屋三銀の黒茶のサビ猫
  (モノクロのため推定)

かつての恋人と再会する姉。働かない夫。姉の欺瞞を見つめる妹。姉の下した決断は?


◆知られざる映画

 『宗方姉妹』は、「むねかたきょうだい」と読みます。溝口健二監督の『祇園の姉妹』(1936年)も家城巳代治監督の『姉妹』(1955年)も「きょうだい」と読みますので、「姉妹」と書いて「きょうだい」と読むのは、以前は一般的だったのでしょうか。
 『宗方姉妹』は世界中の映画監督やファンが賛辞を惜しまない小津安二郎監督の映画の中でも、あまり知られていない作品だと思います。松竹専属の小津監督が請われて新東宝で撮った映画で、インターネットの映画サイトをいくつか見てみましたが、堂々と「むなかたしまい」と書いてあったり、あらすじが載っていなかったり間違っていたり、キャストが入れ替わっていたりと、惨憺たるありさまで驚きました。このブログでできる限り『宗方姉妹』の情報をお伝えできたらと思います。正しいキャストは末尾に掲載します。

◆あらすじ

 古風な女・三村節子(田中絹代)は、技師の夫の亮助(山村聰)と妹の宗方満里子(高峰秀子)と東京で暮らしている。亮助は失業中だが酒を飲んでブラブラするばかりで、銀座でバーを営んでいる節子の収入が頼りだった。夫婦仲は冷えているが、節子は夫に従順である。
 満里子は、節子と対照的に活発で奔放な性格。京都に住む父親(笠智衆)を訪ねたとき、家族ぐるみで付き合いのあったフランス帰りの田代宏(上原謙)と再会する。満里子は、宏の営む神戸の家具工房に遊びに行き、宏の裕福な独身生活を目にする。満里子は、姉の節子と宏がかつて愛し合っていたのに結婚しなかったことを知っていたので、身勝手な亮助に耐える節子に、なぜ宏と結婚しなかったのかと問う。節子は、宏に対する自分の気持ちに気づいたときには、亮助との結婚が決まっていた、と言う。
 ちょうどその頃、節子のバーが売りに出されそうになり、節子は東京に来た宏に金の工面を頼む。一方、満里子は、神戸の宏の所で会ったことのある頼子(高杉早苗)という女性が、宏の東京の宿泊先に電話して、箱根の旅館に来るように呼び出したのを知って邪魔をする。満里子は、頼子に宏を取られるくらいなら姉の代わりに自分が結婚する、と宏に訴え、宏にたしなめられる。
 節子が宏から金を都合してもらったことを知った亮助が二人の関係を疑うので、節子は店をたたむことにするが、亮助から平手打ちに遭い、亮助と別れる決心をする。東京の宿にいる宏を訪ねた節子は、僕のところにおいで、と言われる。そこに亮助がやって来て、山奥のダムに仕事が見つかったと言い、姿を消す。その晩、亮助は急死してしまう。
 亮助の死により結婚できる身となった節子は、宏と思い出の薬師寺に出かけるが・・・。

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◆猫好きの理由

 節子の夫の亮助はインテリです。家でドイツ語の本を声を出して読んでいます。ドイツ語と言えば旧制高校。その後帝大を出たりしたエリートだったのかもしれません(山村聰自身、東京帝大出でした)。病気でもないのに仕事もせずブラブラしている理由は描かれていませんが、敗戦をきっかけに失職したのでしょうか。そういう自分のプライドを満足させる仕事がみつからないのでしょう。もともと虚無的な性格のようで、笑顔を見せません。節子や満里子に対して命令口調で威張っています。
 その亮助が、猫だけはかわいがっていて、タマやクロなど4匹ほどを家で飼っています。満里子がココアを飲もうと思って取っておいた牛乳を亮助が猫にやってしまったり、満里子のセーターの上に猫が乗ってしまったり、満里子と亮助の間では猫をめぐって衝突が絶えません。
 亮助が飲みに出かける居酒屋の三銀にも、黒と茶のサビ猫がいます。亮助が膝に抱きながらちびりちびりとやっていると、三銀のキヨちゃん(千石規子)が、「先生、猫好きだね。あたい、嫌い」と言います。勝手な時ばっかりニャアニャア人の顔色を見ているから、と猫には耳の痛いご指摘。「犬の方が人情があっていいよ」と言うキヨちゃんに、亮助は「猫は不人情なところがいいんだ」と返します。
 この三銀でのシーンで、山村聰がずっと猫をなでたり抱き寄せたりしているのですが、それがどうもぎこちないのです。猫を愛でている手つきと言うより、撫でるという機械的な動作にしか見えません。山村聰は猫を飼ったことがないのかな、と思ったのですが、自分の映画の画面構成に徹底してこだわる小津監督が、山村聰の動作に対して細かく指示を出していたのかもしれません。
 猫は、節子と亮助の家の最初の場面から、亮助が倒れるまでの間、ところどころに登場します。

  ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆
   
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◆父と娘と男と女

 「夫婦の危機」をテーマとした映画を連続でお届けして三本目、いままでは仲直りをする夫婦の映画を紹介しましたが、今回はついに破局を迎える夫婦の話です。
 『宗方姉妹』は、小津安二郎監督の『晩春』(1949年)、『麦秋』(1951年)という名作の間に発表された映画です。家族が解体し、それに伴う悲哀も経験しながら前に進む、後味の良いホームドラマである『晩春』『麦秋』に対し、この『宗方姉妹』はなんとも腑に落ちない終わり方です。結末を伏せるためここでは詳しくは触れませんが、主人公の節子という女性が何を求めて生きているのかが、つかめないのです。
 小津監督の代表作である『晩春』、『麦秋』、そして『東京物語』(1953年)は、親と子という縦軸が時の移ろいと共にほどけていく様を描いて情緒深いものですが、小津監督には、ほかにも『一人息子』(1936年)とか『父ありき』(1942年)、遺作である『秋刀魚の味』(1962年)といった、親子を描いた名作があります。けれども、夫婦とか男女という横の関係を描いた小津作品は、なぜかやるせない重さが目立ちます。『風の中の雌雞』(1948年)、『早春』(1956年)、『東京暮色』(1957年)などがそうで、『宗方姉妹』は、こちらのグループに入る1本と言えます。

◆残念な笠智衆

 小津安二郎監督の映画の父親役と言えば、笠智衆
 この『宗方姉妹』でも、妻に先立たれたやもめの役を演じていますが、いつも小津作品でストーリーの要となる父が、この映画ではほとんど機能していません。二人の娘とのかかわりが薄くて、存在理由が見えないのです。
 映画は、大学教授の授業風景から始まり、教授のもとを訪ねた節子が、父が癌で長くて余命1年と聞かされます。父の京都の一人住まいでは、満里子が父の身の回りの世話などをしています。そこに男性客が訪れるという展開や、『晩春』にそっくりの室内、という出だしを見ると、『晩春』のような父親と娘の情愛の物語への期待が高まりますが、父の存在は物語にほとんど影響を及ぼしません。笠智衆の顔を見て、さあ、と膝を乗り出すと肩透かしを食ってしまいます。
 この映画での父は、戦後の、古い日本の伝統を否定し、新しい物に飛びつく風潮をゆるやかに批判する、といった人物なのですが、占領軍によって否定された日本文化を小津監督の代弁者として擁護するために登場したのであって、それ以上の役割はないように思えます。

◆バッシングの後始末

 『西鶴一代女』(1952年/監督:溝口健二)の記事で、田中絹代が親善のため渡米後、アメリカかぶれになって帰国し、日本中からバッシングを受けた、ということを書きましたが、『宗方姉妹』は、田中絹代の帰国後、彼女に対するバッシングの嵐が吹き荒れるさなかにシナリオが起こされました。映画化が決まった段階ではまだこのような事態は想定されていず、国民的女優の田中絹代、子役から大人に成長し、めきめきと売り出し中の高峰秀子、大ヒット作『愛染かつら』(1938~39年/監督:野村浩将)で田中絹代と恋人役を演じた上原謙、モダンな美女・高杉早苗、と華やかな出演者で凱旋興行になるはずでした。
 小津安二郎は『晩春』以後、自分の映画の脚本をすべて野田高梧と共同で執筆していますが、『宗方姉妹』はその2本目。大佛次郎の小説が原作です。田中絹代の演じる節子は常に着物を着て、古いものを大切に守ろうとする女であることが強調されます。妹の満里子が流行に飛びついて人に遅れまいとするのに対して、
「あたしは古くならないことが新しいことだと思うのよ。ほんとに新しいことは、いつまでたっても古くならないことだと思っているのよ」
と諭します。ここも小津監督自身の見解を登場人物の口を借りて語っていると思われますが、言葉に凝りすぎてあまりストレートに心に響かないレトリックと感じます。アメリカかぶれになって帰国して顰蹙を買った田中絹代にとっては、彼女の失地回復のために取ってつけた弁明のようでもあり、このセリフを言うのは傷口に塩を塗りこまれるように辛かったのではないでしょうか。

◆変化への抵抗

 逆風の中で製作・公開された『宗方姉妹』が、いま知られざる作品のようになってしまっているのは、小津作品にみられる「松竹大船調」と言われるほのぼのとした味が発揮されていないからだと思います。「小津監督らしさ」をすでに知っているファンにとって、この映画はその期待値をはずした作品なのではないでしょうか。そして、節子という主人公が主体性のないマゾヒスティックな性格で、魅力が感じられないことも大きな理由だと思います。
 宏に対する気持ちに気づいたときには、亮助との結婚が決まっていた、と言い、だったら亮助との結婚を断ればよかった、と言われれば、その時はもう宏はフランスに行ってしまっていた、と答え、冷淡な亮助に耐えている節子。妹が新しいことを求めるのを悪いことのように決め付けるのは、現状を切り開こうとしない自分の生き方を正当化しているかのようです。自分らしく生きようとしなかったことで、不本意な生活を送っている、という現実から目を背けて、自分は立派な生き方をしている、と思いこもうとしているように見えます。

 彼女の欺瞞的な生き方を破ったのが、節子に腹を立てた夫の暴力。かつての恋人との再会、夫も妹も恋の思い出をつづった節子の日記を盗み見ていたという設定、妻は夫に従うべしと耐え忍ぶ主人公、というドラマ展開には、新派風の日本の古めかしさが目立ちます。
 対して高峰秀子の満里子のシーンには、いかにも小津監督らしい、主人公の脇の女性のひょうきんさと現代性が見られます。けれども姉の前では、姉のオーラに負けてしまうのには不満が残ります。
 節子が映画の最後に出した結論に一言、「ああ、この女の人、こうやって一生自分から逃げて終わるんだろうな」。

◆昭和25年の風景

 映画の中に残された町の風景は、古い映画を見るときの楽しみでもあります。節子のバーのある銀座では、教文館のビルが映ります。外壁にアメリカの雑誌『TIME』や『LIFE』の広告があるのも、占領中の日本を感じさせます。宏が泊まった旅館は築地近辺らしく、かつての東京劇場(松竹の劇場・映画館)が映ります。この映画で松竹を登場させる理由はなんでしょうか? 米軍極東中央病院として接収されていた聖路加国際病院と思われる建物も映ります。節子と宏が歩くお堀端の第一生命館もGHQに接収されていました。小津監督は、占領軍に関連する建物を映すことで、日本の伝統や社会が否定されたことに抗議しているようです。
 こう見てくると、『宗方姉妹』のシナリオは、小津監督が日本の文化に対する肯定的な意見を節子や父の口を借りて展開しようとしていたのに、田中絹代の騒動によって歯切れの悪いものになり、古い日本社会の否定的な面がベースとなった原作、ホームグラウンドの松竹を離れた勝手の違いもあって、ギクシャクしたものになってしまったのではないかと思えるのです。
 小津監督の作品をまだあまり見ていない方は、主要作品を見てからご覧になるといいのではないでしょうか。

◆キャスト(登場順)

大学教授内田譲=斎藤達雄
三村節子=田中絹代
宗方忠親(節子と満里子の父)=笠智衆
宗方満里子(節子の妹)=高峰秀子
田代宏=上原謙
真下頼子=高杉早苗
バーテンダー前島五郎七=堀雄二
藤代美恵子=坪内美子
三村亮助(節子の夫)=山村聰
「三銀」の亭主=藤原釜足
「三銀」のキヨちゃん=千石規子
東京の宿の女中=堀越節子
箱根の宿の女中=一の宮あつ子
「三銀」の客=    河村黎吉


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