この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

燃えよドラゴン

  製作:1973年
  製作国:香港、アメリ
  日本公開:1973年
  監督:ロバート・クローズ
  出演:ブルース・リージョン・サクソンジム・ケリー、シー・キエン 他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    悪人ハンの猫
  名前:なし
  色柄:白のペルシャ

ブルース・リーの存在と、中国返還前の香港映画のエネルギーを教えてくれた、記念碑的アクション映画。 


◆強く見られたい

 たいていの女性は、駅などで男の人にわざとぶつかられたり、押されたり、意地悪をされたりした経験があると思います。私は小柄なためなおさらチョロく見られるのか、たびたび嫌な目に遭いますが、この国の男性たちの中にジェントルマンという意識が蚊ほどにもない人が多いことを、まことに情けなく思います。もし私が屈強な男性(たとえばオリンピックの空手の形で金メダルを取った喜友名選手のような)だったら、あの人たちは同じことをするのでしょうか。一度ああいうルックスをまとって表に出てみたい。ブルース・リーが強くなったのも、そもそもは小柄で優しいルックスを甘くみられ、見返してやりたいと思ったからではないかと思うのですが・・・。

◆ストーリー

 中国武術の技と心を極める青年リー(ブルース・リー)は、ある日ハン(シー・キエン)という男が、少林寺拳法の知識と技を自分の野望のために使って少林寺の名を汚したと聞く。一方、香港政府筋のブレイスウェイトは、ハンが自分の所有する島で女性を麻薬中毒にして世界に売りさばいているという情報を入手、リーにハンが主催する武術トーナメント大会に出場して、その証拠を握るよう依頼する。リーは、死んだ妹がハンの手下のオハラ(ロバート・ウォール)という男に暴行されそうになり、自ら死を選んだと聞かされ、ハン一味への復讐に燃えて島へ出発する。リーと同じ船には、武術大会に出場するアメリカ人のローパー(ジョン・サクソン)とウィリアムズ(ジム・ケリー)も乗っていた。
 まるごと武術道場のようなハンの島に到着したリーは、先に島に潜入していたメイ・リンという女性諜報員と協力して情報収集を開始する。島内を探っていたリーは、彼を見とがめた警備の男たちを叩きのめす。
 翌日の試合で、リーは妹の仇・オハラと対決、オハラを亡き者にしてしまう。用心棒のオハラを殺され、ハンは顔色を変える。ハンは、昨夜島内を探っていたのはウィリアムズと決めつけ、ウィリアムズを残忍な方法で殺害、ローパーが借金まみれなのに目を付け、手下になるよう脅迫する。一方、リーがハンの島の様子をブレイスウェイトに無線で報告しようとすると警報機が鳴り、次々と襲い掛かるハンの手下を撃退したものの、リーはハンに捕えられてしまう。
 翌朝、ハンは試合場でリーとローパーを戦わせ、ローパーにリーを始末させようと仕向けるが、ローパーがそれを拒否。ハンは代わりに野獣のようなボーローをローパーと組ませる。しかし命を落としたのはボーローだった。それを見たハンは何百人といる手下たちにリーとローパーを襲わせる。その間に、メイ・リンが地下に監禁されていた男たちを助け出し、男たちも乱入、島じゅう大乱闘になる。手下たちを次々と倒したリーは、ついにハンと一騎打ちになるが、ハンもリーに勝るとも劣らぬ武術の達人だった・・・。

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◆非情になれるか

 この映画に登場するのは、真っ白なペルシャ猫。映画の中盤、悪人のハンがローパーを自分の拷問道具のコレクションの博物館に案内する場面で登場します。
 悪のボスと猫の取り合わせと言えば、「007シリーズ」のブロフェルド、『ゴッドファーザー』(1972年/監督:フランシス・フォード・コッポラ)のドン・コルレオーネなどが思い浮かびます。人を殺すことを何とも思っていないようなボスが、猫を悠然となでてかわいがるさまは、心の中にある優しさを封印した男の孤独を表しているように思えます。が、このハンにはそういう心のひだは感じられません。
 ハンは、ローパーが非情になれる人間かどうかを試そうと、抱いていた猫をミニチュアのギロチンにセットします。ローパーはギロチンから猫を抱き上げ、「長生きしろよ」と放します。ハンは、さらに、麻薬の製造や人身売買の舞台裏をローパーに見せ、自分の手下としてアメリ支部を任せたい、と誘いをかけます。
 ローパーはハンの野望とそれを断ったときの自分の運命をウィリアムズの死体を見て理解するのですが、この島で行っている悪事のすべてを見せてしまったのに、ハンはローパーを逃げないように捕らえたりしません。一方、ハンの悪事の証拠をコソコソ探っていたリーの方は、ローパーの半分も実態をつかんでいないと思うのに、捕えられてしまいます。この二人への対応の違いはどんな理由によるものか説明がつきませんが、とにもかくにも、猫がギロチンにかけられなくてよかったよかった、といたしましょう。
 けれどもこの猫、長毛種なのに、ブラシをかけてもらったような様子がなく毛がボサボサ。ギロチンにセットされたときに少し首を上げるのですが、あごの下がさっきまでお皿のミルクをなめていたかのように濡れていて、せっかくの映画出演なのに身だしなみも整えてもらえず、かわいそうです。ローパーが抱き上げたとき、痛かったのかフギャーというし、ギロチンも首を上から押さえる板がなく、ローパーが抱き上げなくても猫の意思でいつでも逃げられるようになっていて、緊迫感どころかぞんざい感がいっぱいです。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆衝撃の日本デビュー

 『燃えよドラゴン』が公開されたときの衝撃はものすごいものでした。それまでのアクション映画というと、007や、クリント・イーストウッドのガンマンや、スティーヴ・マックイーンなどのマッチョな男が武器を持って戦ったり、お色気シーンもあり、という大人向けのものだったのが、東洋人の小さい男が、正義のために素手で悪を叩き伏せるという設定。あっという間に青少年が夢中になりました。アチョーという怪鳥音、カンフー(功夫)、ヌンチャク、それまでなじみのなかった世界に触れ、男の子たちが真似するは真似するは。みんなが一番夢中になったのがヌンチャクでしたが、これ、でたらめに振り回したら危険極まりない代物。さっそく学校では「ヌンチャクで遊ぶのは禁止」のお達しが出ましたっけ。
 観客の心を虜にしたのは、ブルース・リーその人自身です。『燃えよドラゴン』公開時、すでに32歳で亡くなっていたため、たちまち神話的存在になりました。義憤に燃えた厳しいまなざし、相手を倒したときの人間離れした悲しげな雄叫び、超絶的な武術の技と鋼のように鍛えられた肉体、ドラゴンとして戦う時以外に見せる少年のような優しい笑顔。それまでになかった東洋的ヒーローの誕生です。

 彼が主演した映画はドラゴンシリーズとして次々と公開されましたが、はっきり言って『燃えよドラゴン』はシナリオがお粗末で、ブルース・リーが戦う場面以外は情けない出来栄えです。主演第1作の『ドラゴン危機一発』(1971年/監督:ロー・ウェイ)(注:「危機一髪」と書くのが正しいのですが、映画のタイトルは「一発」と表記されています)、任侠映画のような『ドラゴン怒りの鉄拳』(1972年/監督:ロー・ウェイ)、『最後のブルース・リー ドラゴンへの道』(1972年/監督:ブルース・リー)の方がシナリオもよく、ブルース・リーの技のみどころもふんだんにカメラにおさめられ、映画としての出来はよいと思いますが、その一方で、武術には技ばかりでなく、心を磨く哲学的要素があることをより明確に描いているのが『燃えよドラゴン』です。
 それを象徴するシーンが、クライマックスの鏡の間でのハンとの一騎打ち。たくさんの鏡に複数の像が映り、どれが本当のハンなのか、リーは迷います。少林寺の師の、「敵は見せかけの像の姿で現れる」「像を打ち壊せ。敵は倒れる」という教えがリーの頭に浮かびます。本物のハンを見抜き、相手を倒すには、力ではなく、五感のすべてを研ぎ澄ませなければならないのです。

(注:『ブルース・リー 死亡遊戯』(1978年/監督:ロバート・クローズ)は、ブルース・リーの急死により代役を使って完成)

◆特別寄稿「ブルース・リーの映画テクニック」

 今回、『燃えよドラゴン』を取り上げるにあたって、イラスト担当の茜丸氏がかつて古武道など格闘技をやっていたことがあるというので色々質問したのですが、茜丸氏が自分に書かせてくれと言うので、特別に今回は、簡潔に書くようにと釘を刺して、茜丸氏に技術解説をしていただきました。以下、どうぞよろしくお願いします。

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 「わたし茜丸は、かつて武道をかじった時期がありました。この映画でのブルース・リーのアクションにはひどく魅せられたことは言うまでもありません。ただし、早速道場での稽古の時に彼の構えを実践してみると、彼の動きは派手で見栄えのいい映画用のフィクションであることをすぐに実感することとなりました。
 武術の心得のある方なら誰でもご存知のように、一見地味で見えない動きこそが最も有効な技と言えるのです。華麗で見栄えのいい大げさな動きは、どんな武術でも戒められているはずです。
 まず、ブルース・リーの構えから見てみましょう。彼の構えは、右手・右足を前に出した完全な半身の構え。これではカニのように横の動きしか出来にくい。相手からは遠く、自分からは近い、という高度な足さばきは、この形からは無理がありすぎます。
 ただ、この構えはみぞおちや心臓が相手の正面に向かないので、心理的に楽という長所はあります。相手の中段前蹴りなどは腰骨でカバーできそうな気さえしたものでした。
 では、その華麗なる蹴りはどうでしょう。彼の構えでは後ろにある左足が基点(軸)となるために、そのまま右足での蹴りは相手に届きません。ただ右足が上がるだけです。相手に届く右蹴りを出すためには、一度後ろにある左足を右足の所へ送ってから蹴らなくてはならず、一動作余分になってしまいます。
動作が余分にかかるということは、一瞬の遅れが生死を分ける武術として致命的な欠陥で、多少でも武術の心得のある者にはまずヒットしません。映画冒頭でブルース・リーの若い弟子が、同じ動作で蹴りを放っていますね。
 逆に、前に出ている右足を基点として、後ろに引いた左足で蹴るとしましょう。これなら開いた歩幅の分だけ遠く蹴ることが出来ます。しかし、完全な半身となっているために、前方向に右足先と身体を戻すという一動作が増えてしまって、これまた相手には次の動きを察知されてしまうことになります。
 映画の中での彼の主要な技のほとんどが、自分の位置からは動いていなく、相手がかかってくるのを蹴り倒しています。その辺の映像は、とても上手く撮られていて観客には不自然には見えません。
 ブルース・リーは、中国武術(カンフー)以外の武術も研鑽し、「ジークンドー」という独自の流派も立ち上げているくらいなので、一流のレベルには違いないように思えます。ですから、試合の際には映画とはまったく別な技を使ったのではないでしょうか。そういうわけで、彼は見かけ倒しで本当は弱かった、などと言っているわけではありません。念のため。」

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 いかがでしたでしょうか。
 つまり、『燃えよドラゴン』でのブルース・リーのアクションは、映画としてカメラ映りがいいように工夫された動作で、本来の武術としての有効な技とは異なるものだ、ということでしょう。はあ、奥深い。

 香港映画は、ブルースリーが先鞭をつけ、ジャッキー・チェンなどが続いたアクション路線でのハリウッド進出、中国への映画人の流出などで現在は空洞化しているようです。中国返還後の香港自体の行方と、かつての映画にも見られた民衆のパワーがどうなるのか、気になるところです。

 

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