この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

ゴースト ニューヨークの幻

  製作:1990年
  製作国:アメリ
  日本公開:1990年
  監督:ジェリー・ザッカー
  出演:パトリック・スウェイジデミ・ムーアウーピー・ゴールドバーグ
     トニー・ゴールドウィン、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    女性主人公モリーの飼い猫
  名前:フロイド
  色柄:キジトラ

若い女性の涙をさらい、大ヒットしたラブストーリー。劇中に流れる「アンチェインド・メロディ」もリバイバル大ヒット。


◆原題はズバリ『GHOST』

 この映画のことをたいていの人は「ゴースト」と言うと思いますが、「ゴースト」は「幽霊」。そのままではまるでホラーなので、日本公開にあたって副題に「ニューヨークの幻」を足したのでしょうが、結果的には「ゴースト」のまま通ってしまっているので、単に『ゴースト』でもよかったのではないかという気がします。以後、この文章の中では『ゴースト』と表記させていただきます。
 英語がネイティヴの人たちにとって『GHOST』という原題は、日本語の「幽霊」のように、ぞっとする響きで受け取られたのでしょうか。だとすると、この映画であえて『GHOST』という題を付けたのは、そのネガティヴなイメージをひっくり返すほど美しいラブストーリー、絶対ヒットする、という自信を秘めていたのではないかと思います。

◆ストーリー

 ニューヨークに住む新進陶芸家のモリーデミ・ムーア)と銀行員のサム(パトリック・スウェイジ)は同棲を始めたばかりのカップル。二人で歩いていた夜道で強盗に襲われ、強盗を追い払ったサムが見ると、モリーがサムの体に取りすがって助けを呼んでいる。サムは強盗に銃で撃たれて死んでしまい、幽霊になってモリーと自分の死体を見ているのだった。
 サムの霊はずっとモリーのそばにいるが、モリーは気づかない。ある日、モリーの留守中にサムを殺した強盗が部屋に入って来る。そこにモリーが帰宅したので、サムは猫をけしかけて強盗を撃退する。サムは霊媒師のオダ・メイ(ウーピー・ゴールドバーグ)にコンタクトをとり、危険が迫っていることをモリーに伝えてもらう。モリーは警察に相談に行くが、オダ・メイに詐欺などの前科があることがわかり、彼女の話を信じなくなってしまう。
 一方、サムの同僚のカール(トニー・ゴールドウィン)が、サムを殺した強盗の部屋に向かったのでサムは驚く。カールは銀行で架空の顧客口座を作り、麻薬組織に金を送金しようとしていた。サムを殺した強盗は、コンピュータの操作に必要なコードをサムから奪うため、カールに頼まれてサムを襲ったのだ。怒ったサムはオダ・メイに架空口座の本人になりすまさせて、金が麻薬組織に渡る前に口座を解約。金を用意できなくなったカールは麻薬組織から命を狙われてしまう。夜、銀行に一人残るカールの周囲で、サムが次々と怪現象を起こして見せ、カールは恐怖で一杯になる。カールは、オダ・メイが金を引き出したのだと直感、強盗の男とともにオダ・メイの家を襲って金を取り戻そうとする。
 サムの助けでモリーのところに逃げて来たオダ・メイは、サムが霊魂となってモリーのそばにいる証拠を示す。サムはオダ・メイの体に乗り移って、モリーに愛を伝えるのだった。そのとき、カールがモリーの部屋にやって来る…。

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 ◆猫にはそれが見える?

 猫のフロイドは、おとなのキジトラ。人間とつかず離れずの距離を保ち、落ち着いたおとなしい、いい猫です。同棲を始めたモリーとサムの、モリーの方が連れてきたようです。
 サムが幽霊となってモリーのそばにいるのに、モリーにはわからない。と、フロイドがフギャーッとサムに威嚇の声を上げます。サムがフロイドに顔を近づけると、びっくりしてフロイドは逃げ出します。猫には幽霊が感じられるようです。
 再びフロイドがサムに反応するのは、サムを殺した強盗の男がモリーの部屋にやってきたとき。モリーが帰宅して着替えを始め、隣の部屋に強盗の男がいるのに気づかない危機一髪の場面。自分では手が出せないサムが、廊下にいるフロイドに顔を近づけておどかすと、フロイドはギャーッと叫んで、強盗の顔をひっかいて逃げ、驚いた強盗は走って退散します。
 お手柄のフロイドですが、出番はこれで終わり。その後も、カールが来たり、オダ・メイが来たり、モリーの部屋の場面は何度もあるのに、フロイドは影も形もありません。強盗を撃退するシーンまでは何度も画面に登場させておいて、その後はまるで猫など飼っていないかのよう。これは不自然。
 猫とオダ・メイとがからんだら面白い場面ができたのではないかと思いますよ。ほかに、サムが念力で動かしたコインが宙に浮くのを見て、猫が飛んできてじゃれて打ち落とすとか…。そんなシーン、見てみたかったなあ、残念です。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆懐メロと名場面

 自分としては、わりと最近の映画だと思っていたら、この映画、公開からもう30年以上たっているのですね。時の流れは早い(汗)…。当時を思い出すと、テレビでは盛んにこの映画を取り上げ、コマーシャルも流れ、見た気になってしまった人も多かったのでは? ストーリーも大してひねりはなく、前宣伝から予想できた通りの展開。にもかかわらず、この映画が大ヒットしたのは、劇中で流れた「アンチェインド・メロディ」と、霊媒師オダ・メイを演じたウーピー・ゴールドバーグの個性的なキャラクターによるところが大きいと思います。
 「アンチェインド・メロディ」は、私など、幼い頃に耳で聴き覚え、この映画で取り上げられたことで題名を初めて知ったという懐かしのポピュラーの名曲。「鎖につながれていない(unchained)メロディ」とはどういうことかと思ったら、日本未公開の映画『アンチェインド』(1955年/監督:ホール・バートレット)の中で歌われる、刑務所に収監された囚人の気持ちを歌った歌で、その後世界中でたくさんのバージョンが生まれたそうです。『ゴースト』で、モリーがろくろで陶芸の土を形作っている場面に流れるのは、1965年にライチャス・ブラザースというアメリカのデュオが録音した版。私がなじんでいたのもこの版です。
 夜中に眠れなくて、ろくろで土いじりを始めるモリーの背後から、目覚めたサムが抱きしめるこのシーンは、前宣伝でもさかんに流れました。若い女性観客をターゲットにしたこの映画、露骨な性描写は避けられ、土いじりという行為が、間接的にセックスを表現しています。直接的なベッドシーンより、かえって濃厚なものを感じさせます。

霊媒師は三代目

 ウーピー・ゴールドバーグはこの映画でアカデミー助演女優賞を受賞。母と祖母には霊能力があったのに、自分にはなく、仕方なく家業を継いでインチキ霊媒師を続けていたオダ・メイは、なぜかサムとは周波数が合ったのか意思疎通ができ、本物の霊能力を開花させます。まさか自分が霊とコンタクトを取れると思っていないオダ・メイが、サムのヤジに反応して、目を白黒させたり、歯をむき出したりの珍妙な顔つきにただただ驚愕。ここまで変顔ができる女優とは!
 『ゴースト』を見たことがない人がいるならば、見ないでもったいないのは、彼女の演技です。うさん臭さと憎めなさが同居。サムの指示で、カールの架空口座の主を装って銀行を訪れ、400万ドルの預金を引き出した小切手を「そんなの持ってたら殺される」というサムの忠告で修道女に寄付するとき、手放したくなくて悪あがきするところなど、見え透いているのですが笑ってしまいます。監督のジェリー・ザッカーは、『裸の銃を持つ男』(1988年)などのコメディー映画を得意とするようですが、彼がコメディー映画で培った演出術と、ウーピー・ゴールドバーグの波長が合ったのではないかと思います。
 彼女はスティーヴン・スピルバーグのシリアスな人間ドラマ『カラーパープル』(1985年)で、主役を演じています。見比べてみると面白いと思います。

◆普通がいい

 この映画では、デミ・ムーアのヘアスタイルがかわいいとか、サム役がもっと二枚目の俳優だったらよかったのに、ということも女性の間で話題になりました。
 サムは優秀な銀行員で、モリーを愛していますが、愛の言葉より心が大事、同棲を始めたのは自分の愛の証し、と思っている様子です。ところが女性のモリーは、同棲するとかの外面的な事実よりも、サムが「愛している」と口に出してくれないことで、本当に自分のことを愛しているのか不安で仕方ありません。まじめで仕事熱心だけれど、女性に愛を伝えるツボにはうといというサムの男性像。サムがうっとりするような美男子だったら、多少気が利かなくてもモリーはサムにベタ惚れかもしれません。サムは、どこにでもいる普通の男性、というキャラクターである必要があったのだと思います。

◆『ゴースト』の頃

 この映画には二度、日本についての言及があります。
 一度目は、映画の始まりの方、サムがカールと、その日銀行に来る予定の客の日本人のコバヤシの話をしているところ、二度目はサムの死後、カールがモリーの部屋に来て日本の梨を持ってきた、と言うところです。
 おそらく、日本人のコバヤシ氏は、サムの銀行に利益をもたらす相手で、サムはしきりにコバヤシ氏にどうふるまえばいいかを気にしています。1980年代後半は、日本がいわゆるバブル経済の真っただ中で、さかんに余ったお金の使い道を海外の不動産投資に求めていました。ニューヨークのロックフェラーセンターを買収するという象徴的な出来事が起きたのは1989年だったので、この映画の公開の前年です。
 1980年代、日本の対アメリカ貿易収支は一方的に黒字が続き、アメリカの対日感情が悪化していました。自動車産業が壊滅的となったデトロイトで、日本車を叩き潰すなどの事件が起きたりもしています。そんな中で、アメリカ社会を支えていた物質的な繁栄が転換期を迎え、人々の心に変化をもたらしていたのかもしれません。合理性を重んじる国、と思っていたアメリカで、『ゴースト』のような非合理的なものを全面的に肯定する映画がヒットしたことに、意外な感じを持ったりしたものです。そして、現世に思いを残した死者がこの世とあの世の境をさまよっているという、仏教国日本でよく言われていることが、宗教の違いを超えて共通しているということに、アメリカの人々も日本人も心根の部分では大きな違いはないのではないかと感じました。

 サムを演じたパトリック・スウェイジは、2009年に57歳ですい臓がんのため他界しました。いまごろ天国で幸せに暮らしていることでしょう。

 


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