この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

泥棒成金

主人公は「猫」というあだ名の元宝石泥棒。その名の由来は? ミステリーの巨匠、ヒッチコックのこじゃれた一作。

 

  製作:1955年
  製作国:アメリ
  日本公開:1955年
  監督:アルフレッド・ヒッチコック
  出演:ケーリー・グラントグレース・ケリーシャルル・ヴァネル
     ブリジット・オーベール 他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    泥棒猫(?)と、主人公ジョン・ロビーの飼い猫
  名前:なし
  色柄:黒

◆昔の女優はきれいだった

 いまの女優さんがきれいじゃない、というわけではありませんが、それでもやっぱり、1950年代以前の映画を見ると、女優さんの美しさにため息とともに見とれてしまうことがあります。テレビが普及する前、動くスターを見られる場所は映画か舞台に限られ、特に初期の頃の映画は、貧しい労働者の娯楽でした。映画を見に行くのは晴れがましい非日常的な体験。映画会社が特別な日を楽しむ観客の動員のため、映画を夢と憧れの世界に仕立て、スターを競って育てたので、あのように美しい女優さんたちが輩出したのでしょう。
 最近の日本の20~30代の人気女優さんたちはずいぶん似通った顔立ちをしている、と私は感じています。自分の学校時代を振り返っても、美人は何人もいましたが、それぞれ違った個性でしたし、いま人気の日本の女優さんたちのような顔をしている人に実生活で出会ったことがないのです。これは日本人の顔が変化したのか、人工的に手を入れているのか、そういう顔の人しか芸能界が選ばないのか、・・・それとも、子どものとき親がアイドルの見分けがつかないと言っていたその状態に、自分の脳が至っただけなのでしょうか・・・。

◆あらすじ

 南仏リヴィエラで、お金持ちが高価な宝石を盗まれる事件が続発した。その手口はかつて「猫」というあだ名で呼ばれた宝石泥棒、ジョン・ロビー(ケーリー・グラント)のものとそっくり。既に泥棒稼業から足を洗い、のんびり暮らしていたジョンは、警察の容疑がかかったため、家から逃げ出す。ジョンは、助けを求めてベルタニ(シャルル・ヴァネル)の経営するレストランに行くが、彼の指示でソムリエの娘のダニエル(ブリジット・オーベール)に案内されてニースに逃げる。
ジョンは、偽の「猫」を捕えて身の潔白を証明しようと、ベルタニの紹介した保険会社のヒューソン(ジョン・ウィリアムズ)から、「猫」のターゲットになりそうな顧客リストをもらい、アメリカの材木商に化けて富豪のスティーブンス母娘に近づく。ジョンは美しい娘のフランシー(グレース・ケリー)に一目ぼれ。フランシーもジョンに魅了される。翌朝、母娘とジョンが泊まるホテルで、政府高官の奥方の宝石が盗まれていた。ジョンが偽の「猫」を装って盗んだのだ。
 フランシーはジョンに近づこうと海水浴に誘う。そこにダニエルが現れ、ジョンを取り合って女同士のひと悶着。フランシーがすかさずジョンに声をかけて車で外出すると、その後を警察が追跡してくる。驚異のドライビングテクニックでそれをかわすフランシー。彼女は、ジョンが「猫」で、昨夜の盗難もジョンの仕業と見抜いていたが、それはジョンが偽の「猫」をおびき寄せるためにやったこととは思っていなかった。その夜、フランシーはジョンを誘惑し、彼に抱かれる。だが、フランシーがまどろんでいる間に母親の宝石が盗まれ、フランシーはジョンを責め立てる。今度こそ偽の「猫」の仕業だったのだが、フランシーは警察にジョンの犯行と通報してしまった。
 逃げ出したジョンの前に男が現れ、ジョンともみ合った末、過って死んでしまう。新聞は「猫」が死んだと書き立て、警察もジョンのマークをやめようとするが、死んだ男は猫のように屋根に上ったりできないことをジョンは知っていた。
 ジョンは仮装パーティーで偽の「猫」をつかまえるための罠を仕かけようと、フランシーに協力を頼む・・・。

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◆泥棒猫

 この映画、登場する本物の猫は黒2匹(同じ猫が演じているのか?)。映画の冒頭、「宝石が盗まれた!」と中年女性がわめくシーンのあと、〈夜、屋根瓦の上をカメラの方に向かって1匹の黒猫が歩いて来る、続いて宝石が盗まれるカット、そのあとで猫がカメラ側からさっき来た方へ去って行く〉というパターンが二度繰り返されます。音もなく屋根から侵入し、去っていくので、まるで猫のよう、というジョンのあだ名をイメージ化した映像です。
 もう1匹の黒猫は、ジョンの豪邸で飼われているスリムな美猫。ジョンが分身のようにかわいがっているのでしょう。主のように落ち着き払って、長椅子の上で新聞を手の下に敷いて横になっています。その新聞がアップになると、「猫」と思われる宝石泥棒を報じる記事が。よく見ると、新聞には猫が爪とぎした跡がついています。さすがヒッチコック、芸が細かい。ただ、ほんとの猫なら新聞じゃなくて長椅子で爪をとぐでしょうけどね。
 猫の次の登場は保険会社のヒューソンがジョンの豪邸に来たとき。傍らのチェアで寝ています。猫の出番はここで終了。はじめの三十数分で終わってしまうので、猫の出るシーンだけでいい人はここまで、です。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆盗人にも○分の理

 泥棒成金』とはまたどうしてそんな題名か、と思いきや、主人公ジョン・ロビーは、泥棒で稼いだお金でリヴィエラの豪邸を手にした、というわけ。少しさげすんだニュアンスが邦題からは伝わってきます(原題は『To Catch a Thief』。どういうわけか、インターネット・ムービー・データベース(IMDb)にはローマ字で『Dorobô Narikin』と紹介されています)。
 ジョンはかつて泥棒で服役していたのですが、第二次大戦中に脱獄して対独レジスタンスとして活動し、その功績で仮釈放中。何かしでかすとたちまち刑務所に逆戻りの身だったので、一連の宝石泥棒が自分の犯行ではないと証明しようとしたのです。偽者の「猫」をおびき寄せて自分で捕まえるために、保険会社のヒューソンから高価な宝石を持っていそうな顧客のリストをもらおうと、豪邸に招いて昼食をごちそうしたとき、ジョンの口から語られる過去が振るっています。空中ブランコ乗りだったがサーカスがつぶれ、いい暮らしがしたくて身軽さを生かし泥棒になった、と言うのです。ヒューソンが、盗みは子どもの頃の心の傷からかとか、ロビン・フッドのように盗んだお金を人に与えたんだろう、といくらかでもジョンの犯行を肯定できる背景があるのではと尋ねると、根っからの泥棒、独り占めした、と涼しい顔。レジスタンスでは人を72人殺したというので、ヒューソンは真っ青になります。
 ジョンは、誰でもちょっとした物を失敬したり、余分な出張経費を会社に返さないなどをやっている、誰もが泥棒だ、なんで自分だけが責められるのだ、と身勝手なへ理屈でヒューソンを煙に巻きます。
 ヒューソンは、警察にジョンが自分で真犯人を捕まえようとしていると相談したら、警察もジョンのその計画に乗ってきたと打ち明けます。いくらなんでもそんな警察があるものか、フランスの警察は怒らなかったのか、と思いますが、この手の映画に目くじら立てても仕方がないと、大人の態度で流したのでしょうか。我々も大人の態度で、あまり細かいところは気にせず、気楽にこの映画を楽しみましょう。

◆Why American people

 ジョンがスティーブンス母娘に近づくために、一儲けした材木商を装ったことも、「成金」という題名には含まれているのでしょう。
 スティーブンス母娘はアメリカ出身。小さな牧場を経営していて、夫亡きあと牧場の土地から油田が湧き、母娘は一気に大金持ちに。母(ジェシー・ロイス・ランディス)は牧場のおかみさん気質を残していて、上流階級の社交が苦手。シャンパンなんてお酒じゃない、とバーボンをぐいぐいやります。気になるのは娘の結婚。釣り合いの取れそうな男性を探していて、さっそくアメリカ出身の材木商バーンズことジョンに目をつけます。
 ところが、娘のフランシーは、「イギリス映画のアメリカ人みたい」とバーンズがアメリカ人でないことを見抜きます。「仕事の話をしない、野球の話をしない」から全然アメリカ人っぽくない、と言うのです。
 監督のアルフレッド・ヒッチコックはイギリス出身。1939年にハリウッドに渡りますが、渡米後様々なカルチャーショックに見舞われたことは想像に難くありません。そんなヒッチコックが指示したセリフか、『泥棒成金』のほか、『裏窓』(1954年)や『知りすぎていた男』(1956年)などのヒッチコック作品の脚本を手掛けたジョン・マイケル・ヘイズがもともと書いたセリフか、欧米で一般的にジョークとして言われていることかわかりませんが、「仕事と野球の話ばかり」というのは、この当時のアメリカ人男性のステレオタイプとして認知されていたのだと思います。

◆美女VS小娘

 美人女優を起用するので評判のヒッチコック監督。中でもグレース・ケリーは、『泥棒成金』のほかに『ダイヤルMを廻せ!』(1954年)『裏窓』(同)と、3本のヒッチコック映画に出演。1929年生まれ。カンヌ国際映画祭への出席を機にモナコ公国のレーニエ大公と出会い、結婚したのは1956年で、この3本の映画はその直前、美しさの絶頂です。1982年、52歳で自分の運転する自動車の事故で崖から転落、惜しくも亡くなりましたが、当時の様子を伝えるTV映像を見ると、事故は『泥棒成金』の海岸線のような場所で起きています。そう思うと、この映画の危険な運転(俳優が止まっていて、動く背景を投影するスクリーンプロセスによる撮影ですが)に不吉な影を感じてしまいます。
 グレース・ケリーのフランシーと、ジョンをめぐってさや当てをするフランスの10代の小娘ダニエル役は、フランス人女優のブリジット・オーベール。日本で公開されている映画では、この『泥棒成金』と、『巴里の空の下セーヌは流れる』(1951年・日本公開1952年/監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ)のほか、1998年の、レオナルド・ディカプリオが主演した『仮面の男』(監督:ランドール・ウォレス)に、皇太后のおつきの役で出ています(可愛いおばあちゃんぶりが見られますよ)。
 『巴里の空の下セーヌは流れる』では、恋人の後を追ってパリに出てくるうぶな田舎娘の役を演じていますが、とにかくこの映画のブリジットは、清楚でチャーミング! 『泥棒成金』では、大胆な水着姿で寝そべったり、役柄から仕方ないとはいえ、顔も洗練されていない粗野なメイクで少しイタい。グレース・ケリーの引き立て役のようでかわいそうです。映画では、20代のフランシーを中古車、10代の自分を新車にたとえていますが、実際は、ブリジット・オーベールの方がグレース・ケリーより年上。ただし、彼女の生まれた年については、ネットで私の調べた範囲では1925年とも1928年とも。誤った情報が広がっている可能性もありますし、ここは併記させていただきます。

◆サスペンスはお好き?

 犯人捜しがメインのサスペンスは、犯人を分かりにくくするためにストーリーが不自然だったり、たくさんの意味ない人物が出てきたりで、見終わってもいまひとつすっきりしないことがあります。『泥棒成金』も偽の「猫」がそうまでしてジョン・ロビーを装う理由がはっきりせず、観客には消化不良の感あり。美男美女、上流社会、フランスの観光名所、スリルでハラハラの、娯楽性を前面に出した映画です。
 ヒッチコック監督と言えば、誰でもその作品を1、2本は見たことがあると思いますし、TVシリーズもあり、カルト的なファンも大勢いらっしゃいます。いずれまた猫が出てくる『裏窓』のときにでも彼の話を…。
 あ、ケーリー・グラントのこと、全く無視しちゃいましたね。

 

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