この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

ティファニーで朝食を

『第三の男』、『吾輩は猫である』に続いて、名無しの飼い猫が出てくる映画です。この猫に名前がないことには何か理由がありそうです。今回はそれを探っていきましょう。

 

  製作:1961年
  製作国:アメリ
  日本公開:1961年
  監督: ブレイク・エドワーズ
  出演:オードリー・ヘップバーン、ジョージ・ペパード、
     ミッキー・ルーニーパトリシア・ニール 他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    主人公ホリーの飼い猫
  名前:なし。「キャット」と呼ばれている
  色柄:茶色のトラ猫

◆唯一無二のブルー

 宝飾店・ティファニーが日本によく知られるようになったのは、この『ティファニーで朝食を』の公開後と、バブル期でしょう。映画を見ていない人の中には、ティファニーとはレストランとかカフェのようなところだと思っていた人もいたようですが、その誤解もおそらくバブル期にはすっかり解けたはずです。
 バブル期、多くの女性は、堰を切ったように海外高級ブランドを身に着けました。エルメスのスカーフ、ルイ・ヴィトンのバッグ、そして、若い女性にとりわけ人気があったのが、ティファニーのカジュアルでかわいいデザインのアクセサリーでした。男性に贈ってもらいたいプレゼントといえば、ティファニーのオープンハートのネックレス(と言われていましたっけ?)。ティファニーブルーの小さい紙袋を手に提げて歩く女性を、あちこちで見かけました。
 幸せを象徴するティファニーのブルー。この色は、ティファニーだけが独占的に使用できる、商標登録された色なのだそうです。

◆あらすじ

 夜明け、ニューヨーク五番街ティファニーの店の前にタクシーが停まる。黒いドレスに身を包んだ美しい女性が降り立ち、ショウウィンドウをのぞきこむ。彼女はやおらパンと紙コップに入った飲み物を取り出し、むしゃむしゃ食べ始めた。彼女の名はホリー・ゴライトリー(オードリー・ヘップバーン)。男性とデートして、トイレ用のチップと帰りのタクシー代という名目で金をもらうことで暮らしを立てていた。彼女はアパートで1匹の猫と暮らしている。
 その彼女の部屋の上に、売れない作家のポール(ジョージ・ペパード)が引っ越してきて、知り合いになる。ポールは、年上で夫のある室内装飾家(パトリシア・ニール)の愛人で、経済的な援助を受けている。異性からお金をもらって生活しているという互いの共通点と、入隊中の弟に似ているところから、ホリーはポールと仲良くなった。ある日、ポールの部屋の外に不審な男(バディ・イブセン)が現れる。ポールが話をしてみると、なんと、ホリーの夫で、ホリーは本当の名はルラメイ、何年も前に夫のもとを飛び出していったのだという。ポールは二人の間に立ってホリーに夫のもとに戻るよう促すが、ホリーは、自分は以前の自分ではないと言い張り、夫は一人で帰っていく。
 そんなホリーが気になり始めたポールは、原稿収入を手にすると、それを元手にホリーと出かけ、ティファニーでお菓子のおまけの指輪に彼女のイニシャルを刻印するよう頼んで、ほどなく夫人との関係を解消する。一方、ホリーは、金持ちになって弟を引き取って暮らすという夢もあり、ブラジルの名家の男のホセ(ホセ・ルイス・デ・ヴィラロンガ)と結婚しようとしていたのだが、その矢先、弟の事故死の知らせが届き、ホセとポールの目の前で半狂乱になってしまう。さらに、生活費を得るためにしていたマフィアの親分との刑務所での面会のバイトが麻薬取引に利用されていたことがわかり、警察沙汰になる。
 体面を重んじるホセからの、ホリーに別れを告げる手紙を読んで聞かせるポール。ホリーは次の金持ちを探す、結婚がダメでもブラジルに行く、とタクシーを空港へ向かわせようとする。そんなホリーにポールは・・・。

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◆キャットは誰

 この映画に登場するのは茶色のトラ猫。あちら風に言えばレッドタビー。欧米では茶トラの毛色をレッドとかオレンジとか形容しますが、日本でも赤猫と言ったりします。この主人公ホリーの飼う猫の演技が見事。眠っているホリーの背中に飛び乗って起こしたり、パーティーのお客の肩に飛び移ったり。全編を通してところどころでおちゃめな姿を披露するので、猫目当ての方は初めから終わりまで楽しめますが、何といっても胸を打つのはラストシーン。ネタバレ防止のために伏せますが、けなげで、いじらしくて、じーんとしてしまいます。

 この「キャット」を演じた猫は、私の記事「このブログについて(はじめに)」でご案内している『スクリーンを横切った猫たち』という本では「オレンジィ」いう猫だと紹介されていますが、ネットのいくつかの映画情報サイトには「パットニー」と書かれていたりします。オレンジィのことは撮影当時12歳だったなど、具体的なエピソードを交えて書いてあるので確かでしょうが、パットニーは? 映画のタイトルには、猫トレーナーの名前がクレジットされているだけ。同じ色柄の猫のダブルキャスト? いえ、それ以上の多くの猫がこの「キャット」を演じていたのかもしれません。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆これは甘いラブロマンスか?

 オードリー・ヘップバーンの映画と言えば、洗練されたファッションに身を包んだオードリーが、キュートな魅力で男性を翻弄、やがて真の愛に気づく、というのが、よくあるパターンです。『ティファニーで朝食を』も、その定石をはずれていない作品のひとつ、と軽い気落ちで見たのですが、オードリーの演じる主人公、ホリー・ゴライトリーの人となりを知ったあとで二度目に見たとき、ふとある記憶がよみがえりました。冒頭、ニューヨークのティファニーの周りをぶらつく黒いドレスの後ろ姿。「私はこんな人を見たことがある」と思ったのです。

 子どもの頃、横浜に住んでいたことがあった私は、当時の横浜で一番の繁華街、伊勢佐木町で、たびたびその人を見かけました。のちに『ヨコハマメリー』(2005年/監督:中村高廣)というドキュメンタリー映画にもなった、ドレス姿で真っ白に顔を塗った女性。横浜に駐留していた米軍相手の娼婦という噂でしたが、『ティファニーで朝食を』のホリーが人気のないニューヨークの街に立った後ろ姿には、そのメリーさん(当時の横浜では、彼女のことをそんな名前で呼ぶ人はいなかったと思います)と同じ孤独の影を感じたのです。

 『ヨコハマメリー』には猫が登場しますので、近いうちにこのブログで取り上げたいと思います。

家なき子

 ホリーは、娼婦でこそありませんが、男の気を引いてお金を稼ぐ、つまり、女を売って食べている点では、娼婦の延長線上にあると言えます。映画では、ちょっと性格が奔放なだけのように描かれていますが、それにしては彼女はちょっと奇妙です。軍隊に入っているような弟のフレッド青年を、若い彼女が引き取りたいと言い、知り合ったばかりのポールを弟に見立てて、幼い姉弟のように一緒のベッドに眠りながら、弟の名を呼んでうなされる。彼女には弟に対する強い固着が見られます。

 その背景は、ホリーの夫のドク・ゴライトリーが現れたときにわかります。彼女は子供の頃、弟と二人で親戚の家を飛び出して生きてきた(親がどうしていたのかは映画ではわかりません)。そして、ドクの牧場で卵を盗んだのをきっかけに弟と共に彼の保護を受け、14歳で彼の妻になったのです。まともな教育も受けず、盗みをしたり、人にすがったり、その場その場で生きる術だけを身に着けたノラ猫のような女性だったのです。

 けれども、ドクも少し変です。14歳の彼女を先妻の子供と一緒に子供として養育するのではなく、妻にする。家事や子どもの世話を彼女にやってもらい、夜の相手も、という計算があったのではないでしょうか。「結婚って初めて」と無邪気にそれを承諾したホリーが彼のもとを飛び出したのも、そういう身勝手な目論見に嫌気がさしたからなのかもしれません。

◆食わせ者 ホリー

 ホリーは、家を飛び出して女優にスカウトされても、さあこれからというときにその仕事からも逃げ出してしまう。ポールと外出したときも、図書館には足を踏み入れたこともありませんでしたが、万引きの指導はしっかり受け持ちます。

 黒いドレスに身を包んで、ティファニーのウィンドウをのぞきながらパンと飲み物を立ち食いする、その外見と行動の落差。嫌な気持ちになったときにティファニーにやってきて憂さ晴らしをする。ファッショナブルなオードリー・ヘップバーンの姿で見えにくくなっているのですが、この映画は、ホリーという、とてもみじめで誇りのない育ち方をした女性を描いているのです。いまだったら、存在感ある演技派女優がそんなホリーを演じ、全く違ったテイストの映画になっていたかもしれません。

◆名前

 そんな彼女が、飼っている猫に名前を付けていなかったのはなぜでしょうか。
 この映画では、名前が一つのキーになっています。

 名前を付けるという行為は、名前を付けた相手と自分とが見えないものでつながっていることを示しています。そこには、名前を付けた者による所有や支配の関係が存在します。ノラ猫のような生き方をしてきたホリーは、河岸で拾った猫に自分を重ね合わせ、何かに縛り付けられた存在にするのがかわいそうで、名前を付けなかったのです。
 ルラメイという名がありながら偽名を使っていたということは、ルラメイだった自分を断ち切ったということです。

 そして、名前のイニシャルを彫った指輪の意味は? 婚約指輪や結婚指輪にイニシャルや記念の言葉などを刻むことが多いように、イニシャルを刻んだ指輪を贈ることと、それを受け取ることは、お互いが見えない絆で結ばれているという意識を形にし、共有するということです。お菓子のおまけではあるけれど、ホリーのイニシャルを彫ってもらった指輪は、ポールのホリーへの気持ちの表れです。その指輪をポールに「もういい」と投げつけられたとき、ホリーはお互いが見えないもので結ばれていること、それは支配や従属やお金ではないことに気が付きます。そして、猫とも・・・。

 最後に、ホリーのアパートに住むカメラマンにして、偏見に満ちた日本人像のキャラクター、ユニオシ(ミッキー・ルーニー)。この名前は漢字でどう書くのでしょうね。 

 

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