この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

このブログについて (はじめに)

 「猫が出てくる映画」を毎回1本、観客目線で紹介・批評するブログです。と言うと、猫の可愛さ・神秘性を堪能できる猫たっぷりの映画を期待されるかもしれません。このブログには、堂々主役を張る猫から、「あそこに出てる!」というくらい瞬間猫ショットの映画も多々・・・。というのは、「映画に出てくる猫について語る」のではなく「猫が出てくるという条件でピックアップした映画について語る」ブログだからです。
 映画について文章を書いて人に読んでいただきたい、と思いつつ、巨匠の名画のことをいまさらちょっと書いてみたところで誰も見向きもしないだろう、新作映画はSNS上で瞬時にレビューが飛び交う時代、無名の人間の批評なんて読む人いないよね、とモヤモヤする中、猫が出るとも知らずに見た映画に思いがけず登場する猫の姿に、猫好きとして喜びを感じていました。ストーリー上の必然もないのに、なぜ監督はわざわざこのシーンに猫を使ったのか・・・。私のように猫が隠れている映画を見つけたいと思っている人がいるのでは・・・。それがこのブログを書くことにしたきっかけです。
 「猫が出てくる」を条件に選ぶと、自分が普段あまり見ないジャンルの映画や、評論で取り上げられないような映画もまじってきます。選り好みせずに筆を執って、幅広い方に読んでいただけたらと思います。ただし、アニメは人間の都合で猫を自由に造形できてしまうという理由で、対象外とさせていただきます。
 あなたが猫好きでも、そうでなくても、ここで紹介した映画があなたにとって忘れられない一本になりますように。

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◆師匠からのメッセージ

 このブログの公開にあたり、映画について書くことの面白さに導いてくださった、映画評論界の重鎮・白井佳夫師匠から応援メッセージをいただきました。師匠は、東京・池袋の西武百貨店別館のカルチュアセンター「池袋コミュニティ・カレッジ」で、月2回、映画を見てディスカッションとレポート発表を行う「白井佳夫の東京映画村」を開講しております。見学もできますので、関心のある方はどうぞお越しください(TEL:03-5949-5488)。


 猫美人さんは、わたしが講師を務めた、東京芸大での特別講義や、池袋の東武カルチュアセンター(閉校)や、池袋コミュニティ・カレッジに引き継がれた『白井佳夫の東京映画村』の生徒の中で、特に切れ味のいい映画の文章の書き手で、その面白さは保証いたします。彼女のユニークな個性をじゅうぶん楽しんでください!」
                          映画評論家

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◆参考書籍
 『スクリーンを横切った猫たち』 千葉豹一郎著 2002年 ワイズ出版
 『ねこシネマ。』 ねこシネマ研究会編著 2016年 双葉社

イラスト担当:東洲斎茜丸

 

東京干潟

多摩川の河口近くでシジミを獲るホームレスのおじいさんを追ったドキュメンタリー。周囲の猫たちやおじいさんの身の上話から日本社会の影が顔をのぞかせる。


  製作:2019年
  製作国:日本
  日本公開:2019年
  監督:村上浩康
  登場人物:村上浩康監督(声のみ)、多摩川河口周辺の人々、猫たちなど
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    おじいさんの飼い猫、エサをもらいに来る猫など
  名前:チビ、ミーちゃん、チャコ、レモン、ハッパなど
  色柄:キジ、キジ白、茶白、三毛など


◆猫に呼ばれて

 今年2023年の5月25日から29日まで、スイスのチューリヒで開催された「GINMAKU Japanese Film Festival」で、この『東京干潟』がオープニング作品として上映されました。
 羽田空港に離発着する飛行機が間近に見える多摩川河口。ここに住み着いて十数年になる80代半ばのおじいさんを取材したドキュメンタリー。その続編と言える村上監督の最新作『たまねこ、たまびと』(2022年)が昨年から各地で上映されています。こちらは多摩川の上流・下流の両岸にわたってくまなく猫の救護活動やホームレスの支援を行っている写真家の小西修氏夫妻を追ったもの。2023年5月現在、自主上映も受け付けているとのことです。
 『たまねこ、たまびと』が都内の映画館で上映されたとき、舞台挨拶で来館していた村上監督に「これこれこういうブログで『東京干潟』を書きたいのですが」とお話ししたところ、快諾していただけました。
 といういきさつを経て、この記事を発表いたします。村上監督に「こんなかよっ!」と怒られないとよいのですが・・・。

◆あらすじ

 (映画は2015年から2019年にかけて撮影されている。)
 多摩川の河口の干潟で素手シジミを獲っているおじいさん。彼はシジミを手の感触とザルで選別し、一定の大きさ以下のものは川に戻す。おじいさんはシジミを仲買人に買い取ってもらうことで生計を立てている。と言っても、漁師を職業としているわけではなく、河川敷に住み着いたホームレスなのである。
 彼が建てた小屋には何匹もの猫がいる。皆、河川敷に捨てられたのだという。シジミを売ったお金の大半が猫のエサ代に消えていくがそれでもおじいさんは猫をかわいがる。
 おじいさんは右目がつぶれている。視力もないのだと言う。ホームレスになる前に就いていた仕事の事故が原因だ。
 おじいさんの生い立ちから多摩川の河口に落ち着くまでの人生は波乱万丈だった。父を知らない家庭で育ち、その父を尋ねて沖縄で勉強し、米軍関係で働き、大阪で結婚したが妻は若くしてがんで亡くなった。
 ここに住んで十数年になるおじいさんの周辺に、変化の波が押し寄せる。シジミの乱獲による減少に加え、東京オリンピックに向けての橋の工事で干潟が大幅に削られ、ますますシジミが減っていく。以前より獲れなくなったうえにシジミの買取価格が下がっていく。
 2019年、東日本に甚大な被害をもたらした台風19号がやってくる。河川敷の小屋はなんとか暴風雨に耐えたが、台風が過ぎ去ったあと、恐れていたことが起きる・・。

◆帰ってきたチビ

 多摩川の河川敷にあるおじいさんの小屋には15匹以上の猫が住み着いたり、エサを求めて通ってきたりしています。おじいさんは一匹一匹に名前を付けてかわいがっています。エサはおじいさんが買ったり、猫の保護活動をするボランティアの人たちが持ってきてくれたりします。
 ここに居ついた猫同士が交配してこんなに増えたのかと思いきや、捨てられた猫が寄り付いたのだそうです。近くで飼っていた人が引っ越したりで、次の所で飼えなくなって捨てて行くんじゃないかとおじいさんは言います。そんな猫にはおじいさんがボランティアの人たちに頼んで避妊手術を受けさせています。捨て猫が虐待のターゲットになっているところも見かけるそうです。猫たちはおじいさんの周りで安心しきったように眠っています。
 チビという黒猫は、おじいさんによると、ある日誰かが「かっぱらっていって」家出していたのが、3年ほどしてから帰ってきたのだそうです。詳細は映画を見ていただきたいと思いますが、そんなチビをおじいさんはもう誰にも渡さない、と話します。
 なぜ猫のためにそこまでするのかという村上監督の問いに、おじいさんは「こいつらだって生きる権利がある」と言います。そして「猫がいなけりゃやめたいくらいだ」と笑って、獲ったシジミを仲買人の所に自転車に乗って売りに行くのです。

  ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

      

多摩川に来るまで

 村上監督がおじいさんと親しく話をし、映画を撮影するまでにはどれくらいの月日が必要だったのでしょうか。そして、おじいさんがここでシジミを獲って暮らしていこうとするまでに何があったのでしょう。
 シジミを獲りに出かけるとき、おじいさんの日焼けした逞しい上腕が見えます。おじいさんは子どもの頃有明海の近くに住み、素手でムツゴロウを捕まえていたと言います。そして父の出身地沖縄で空手やボクシングを習ったそうです。大学で英語を学び、米軍基地でMP(憲兵)として働き、荒っぽい米兵を抑えるのに格闘技の経験がものを言ったそうです。
 おじいさんはその後自分の建設会社を持ちます。バブル期の建設ラッシュで大手の孫請けなどとして猫の手も借りたいほどの忙しさを経験。現場で働く作業員の中にはいまのおじいさんのように自由人として暮らす人もいて、うらやましかったそうです。そして失明する事故に遭い、補償も受けず、会社も人に譲り、いまの暮らしに入ったと言います。

◆都市生活のひずみ

 この映画は、シジミを通して、捨て猫を通して、そしておじいさんの人生とオリンピックの工事を通して、目先の理由で動いて行く日本の現状を浮き彫りにします。
 東京と神奈川という都市の境の多摩川の河口付近で、あんなに大粒のシジミが獲れるとは驚きですが、おじいさんは稚貝を川に戻し、翌年以降も豊富なシジミが獲れるように配慮し、さらにシジミが川を浄化する力を勉強しています。
 1970年代頃の多摩川では、流れ込む生活排水に含まれる洗剤の成分のため、ホイップクリームのように泡が立って風にちぎれて飛ぶさまが東横線の橋の上からよく見えました。洗剤成分の改良や下水道の整備などで多摩川の水質が改善したと聞きますが、シジミなどの二枚貝にもすばらしい水質浄化能力があるそうです。おじいさんは、以前はなかった漁業者や一般市民による乱獲や、オリンピック工事によってシジミが減ることにより、水質浄化に影響が出て「また元の多摩川に戻っちゃう」と憂えています。
 おじいさんの周囲の猫も、人が次々捨てて行かなければ避妊手術を受けさせているおじいさんの所で増えるはずはないわけで、ノラ猫は人間の無責任さ、身勝手さの落とし子です。おじいさんは、そんなに長く河川敷の生活を続けるつもりはなかったけれども、猫たちがいるのでどこにも行けない、と言います。「しょうがないよ、こいつらだって生きる権利があるんだから」と。

◆欲望の果て

 東京オリンピックに向けての工事に、おじいさんはかつてのバブル景気とその後の不況の影を見ます。ハコモノなどの建設ラッシュで非熟練者を雇って起きた失明事故、そしてバブル後、家庭が崩壊したり、自殺したりする知人たち。干潟を削り取る工事や空港周辺の建設中のホテルを見てまた同じことが起きるのではと話すおじいさん。
 この映画はコロナの流行前で終わっていますが、コロナの流行で1年遅れた「TOKYO 2020」は無観客開催の上、スポンサー契約を巡る汚職という負の面をさらけ出しました。また、選手村跡地のマンション販売は、転売や投資目的の人々によりとんでもない倍率になっているそうです。
 目先の利にワッと群がる人々。不都合なものは捨てる人々。一方で猫にエサを食べさせ、自分は缶チューハイを飲んで、ボランティアの人にシジミを分けてあげるおじいさん。

 「誰にも迷惑をかけていない。何も恥じることはない」と言うおじいさんに病気や災害が襲います。おじいさんは行政から住民としての保障は受けられません。台風のあと、多摩川の川辺に建つ小屋の窓から外をのぞいているおじいさんの小さい姿は、一旦生活のベースが狂うとどこにも頼ることのできない危うさを露わにしています。

◆命のいとなみ

 ホームレスと言うとまた自己責任論を持ち出す人が出てきそうですが、家族との離別や失業、借金、DVからの逃避など、誰の身にも起こり得る不運がきっかけでその生活に入る人が多いようです。そんな状況に疲れ、自分のことを知っている人が誰もいない場所で、一人でひっそりと人に迷惑をかけずに生きて行こうと考えるのは、きわめて人間らしいと思うのです。そして、そんな生き方は(失礼かもしれませんが)、ノラ猫と似ていると思いませんか?
 おじいさんをこの河川敷に結び付けているのはシジミと猫の存在です。シジミを獲って、売って、猫を養う。けれどもそのサイクルが崩れたとき、おじいさんはどうなるのか、そんな不安をはらみながらこの映画は終わります。

 『東京干潟』には、これと同時期に多摩川の干潟で蟹の生態を研究している人と蟹たちを追った『蟹の惑星』(2019年)という姉妹編があります。どちらも新藤兼人賞2019 金賞を受賞するなど、国内で数々の映画賞に輝いています。横浜のまだ埋め立て前の海岸近くで育ち、バケツを提げて歩いて行ってアサリを獲った私の足の裏に、あの砂と泥の感触がよみがえりました。

 そして、このおじいさんやその他の人々から村上監督が「次は小西さんを撮るのでしょう」と言われ、出来上がったのが『たまねこ、たまびと』です。こちらは、多摩川に捨てられたり虐待されたりした猫に、より肉薄したドキュメンタリーとなっています。一見普通に見える人が猫を殺したり傷つけたりする怖さ。障害や虐待によって不自由な体を抱えながら、精いっぱい命を燃やす猫たち。それを助ける人々・・・。
 
 実は、『東京干潟』についての村上監督のブログが、このはてなブログ内に存在します。『東京干潟』を作った思い、劇場公開とおじいさんの話、先ほどのチビを始めおじいさんの猫の命名の由来の動画など、心を打つエピソードが出ていますので、ぜひご覧になってください。


「東京干潟・蟹の惑星公式サイト」URL  https://higata.tokyo/
「東京干潟&蟹の惑星ブログ」は、情報豊富な上記公式サイトをお訪ねになり、中のブログリンクからご参照されることをお勧めします。 

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予告編を残すことにしました

いつもご愛読いただきありがとうございます。

従来、次回の記事の予告編は、本編公開後に削除しておりましたが、
★をつけてくださる方がいらっしゃり、
またイラスト担当が予告編用のイラストを別に描くことも定着しましたので、

2023年6月より予告編は削除しないことといたしました。

本編記事と混同しないように予告編のタイトル冒頭は
「予告編」で始めることといたします。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

予告編 次回6月2日(金)公開予定

「この映画、猫が出てます」をご愛読いただきありがとうございます。

次回の作品は

『東京干潟』 (2019年/日本/監督:村上浩康)

多摩川の河口でシジミを獲り、猫と暮らすホームレスのおじいさんを追ったドキュメンタリー。彼の人生には、現代日本の負の記憶が刻まれている。
(この予告編は本編公開時に削除します)

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2023.06.01更新

予告編を残すことに変更したため、タイトルと、記事の一部を修正しました。