この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

このブログについて (はじめに)

 「猫が出てくる」という条件で選んだ映画を毎回1本、観客目線で紹介・批評するブログです。と言うと、猫の可愛さ・神秘性を堪能できる猫たっぷりの映画を期待されるかもしれません。このブログには、堂々主役を張る猫から、「あそこに出てる!」というくらい瞬間猫ショットの映画も多々・・・。というのは、「映画に出てくる猫について語る」のではなく「猫が出るという条件でピックアップした映画について語る」ブログだからです。
 映画について文章を書いて人に読んでいただきたい、と思いつつ、巨匠の名画のことをいまさらちょっと書いてみたところで誰も見向きもしないだろう、新作映画はSNS上で瞬時にレビューが飛び交う時代、無名の人間の批評なんて読む人いないよね、とモヤモヤする中、猫が出るとも知らずに見た映画に思いがけず登場する猫の姿に、猫好きとして喜びを感じていました。ストーリー上の必然もないのに、なぜ監督はわざわざこのシーンに猫を使ったのか・・・。私のように猫が隠れている映画を見つけたいと思っている人がいるのでは・・・。それがこのブログを書くことにしたきっかけです。
 「猫が出てくる」を条件に選ぶと、自分が普段あまり見ないジャンルの映画や、評論で取り上げられないような映画もまじってきます。選り好みせずに筆を執って、幅広い方に読んでいただけたらと思います。ただし、アニメは人間の都合で猫を自由に造形できてしまうという理由で、対象外とさせていただきます。
 あなたが猫好きでも、そうでなくても、ここで紹介した映画があなたにとって忘れられない一本になりますように。

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◆師匠からのメッセージ

 このブログの公開にあたり、映画について書くことの面白さに導いてくださった、映画評論界の重鎮・白井佳夫師匠から応援メッセージをいただきました。師匠は、東京・池袋の西武百貨店別館のカルチュアセンター「池袋コミュニティ・カレッジ」で、月2回、映画を見てディスカッションとレポート発表を行う「白井佳夫の東京映画村」を開講しております。見学もできますので、関心のある方はどうぞお越しください(TEL:03-5949-5488)。


 猫美人さんは、わたしが講師を務めた、東京芸大での特別講義や、池袋の東武カルチュアセンター(閉校)や、池袋コミュニティ・カレッジに引き継がれた『白井佳夫の東京映画村』の生徒の中で、特に切れ味のいい映画の文章の書き手で、その面白さは保証いたします。彼女のユニークな個性をじゅうぶん楽しんでください!」
                          映画評論家

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◆参考書籍
 『スクリーンを横切った猫たち』 千葉豹一郎著 2002年 ワイズ出版
 『ねこシネマ。』 ねこシネマ研究会編著 2016年 双葉社

イラスト担当:茜丸

 

お葬式

  製作:1984
  製作国:日本
  日本公開:1984
  監督:伊丹十三
  出演:山崎努宮本信子菅井きん大滝秀治、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    主人公の家の飼い猫
  名前:ニャン吉
  色柄:茶白のブチ

縁起でもないタイトルと題材ながら大ヒット。今見るとちょっと懐かしい、昭和のお葬式。


◆パーソン・イン・ブラック

 会社員だった頃、私は人事・総務系の部署にいたので、社員や社員の身内の方にご不幸があると、よく葬儀の手伝いに行きました。経理の人たちは香典チェック係。手伝い以外にも、葬儀が寂しくならないようにと、お通夜と告別式に弔問に行く人数をそれぞれ等分に割り振ったり、葬儀は大事な仕事でした。それが、平成半ばくらいになると、だんだんと、身内だけで葬儀をすませるからと、弔問、お手伝い、お香典、お供物を固辞するお宅が増えてきました。会社の規定の弔慰金は、香典袋に筆書きしてお渡ししていたのですが、それもついにはキャッシュレスで口座振込となり、葬儀が社員のご親族のときは、社内は何事もなかったかのように静かになってしまったのでした。

◆ストーリー

 井上侘助山崎努)と雨宮千鶴子(宮本信子)は俳優夫婦。ある日、母(菅井きん)と二人で暮らしていた千鶴子の父の急死の知らせが届く。二人はマネージャーと子供と猫とともに、車で東京から伊豆に駆け付ける。葬儀は両親の家で行うことになった。
 翌朝、侘助と千鶴子が通夜の準備をしていると、侘助の付人と一緒に手伝いに来た侘助の愛人の良子(高瀬春奈)が場違いな奇声を出して騒ぎ出す。良子を外に連れ出した侘助に、良子は抱いてと迫る。侘助は仕方なく言うことを聞き、良子を追い返す。
 老人会のゲートボール仲間のおばあちゃんが棺にとりすがって号泣したり、近所の女性たちが台所周りを手伝ったり、酒を飲んで男どもがなかなか腰を上げなかったりなど、騒々しかった客たちが帰ったあと、母と千鶴子と千鶴子のいとこのシゲ(尾藤イサオ)とが、水入らずの通夜を過ごす。
 告別式当日。火葬場の煙突から立ち上る煙を眺め、しんみりする親族たち。侘助は火葬場から戻ってみんなに挨拶をしなければならず、緊張気味。精進落としの料理を前に口を開こうとすると、思いがけず母が「喪主だからご挨拶をしたい」と進み出る…。

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◆堂々たるニャン吉

 猫好きの伊丹十三監督が、帽子をかぶってブチ猫を胸に抱いている写真を見たことがありますか? その写真の猫が『お葬式』のニャン吉だそうです。撮影中に撮られたスナップ写真のようです。
 ニャン吉は、侘助一家が車で伊豆に向かう場面からお通夜までの間に登場します。初め、この映画を見たとき、ニャン吉は亡くなったお父さんの飼い猫だと思っていました。お父さんがニャン吉を自慢していたという、お通夜に来た老人会の仲間たちのセリフがあったからです。でも、お父さんが亡くなって、侘助一家が駆け付けるときの車内にニャン吉がいるので、変だなと思ってよく見てみると、老人会の仲間は、東京に住む侘助夫妻が、伊豆の父母の家に来るときにしょっちゅうニャン吉を連れて往復していたけれど(ニャン吉は)文句ひとつ言わないと(お父さんが)言っていた、と話しています。自分の娘夫婦の飼い猫の自慢を老人会の仲間にするなんて、お父さんもなかなか猫好きだったようです。
 この絶妙なやり取りを繰り広げる老人会の4人は、戦前戦後の日本映画の名バイプレイヤーたち。右から伊丹監督の父・伊丹万作がシナリオを書いた『無法松の一生』(1943年/監督:稲垣浩)、『手をつなぐ子等』(1948年/同)で、どちらも主人公の父親役を演じ、時代劇で活躍した香川良介、クセ強めの関西人を数多くの映画で演じた田中春男、ニャン吉を抱いているのが黒澤明成瀬巳喜男監督作品の常連・藤原釜足、左端がサイレント時代から小津安二郎の映画などで活躍した吉川満子です。相手をする宮本信子も、圧倒されてたじたじになっているようです。
 ニャン吉が大物らしい演技力を発揮するのが、お通夜の日の朝。祭壇が準備された居間に、スタスタと出てきたと思ったら、いきなり畳に寝っ転がり、周りに人がワサワサしていても、目もくれずマイペース。猫は慣れない環境だと借りて来た猫状態になるはずなのに、このリラックスぶり。私がニャン吉がお父さんの家で飼われている猫だと思ってしまったのは、このニャン吉のあまりにも落ち着き払った態度のせいでもあります。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆タブーに斬りこむ

 今で言う「お葬式あるある」を集めたこの映画、伊丹十三監督は、死を悼むという本来厳粛であるべき儀式にひょっこり顔を出す、想定外で滑稽な要素に焦点を当ててあざやかに映画化し、世間の絶賛を浴びました。これが監督第一作。
 それまであまり表立っては語られなかったことを、丹念な取材に基づきコミカルに活写するというスタイルはその後も貫かれ、『お葬式』で千鶴子を演じた妻の宮本信子を主役に、国税査察官と脱税者の攻防を描いた『マルサの女』(1987年)や、民事介入暴力と戦う女性弁護士を描いた『ミンボーの女』(1992年)などを作りますが、1997年に64歳で謎の死を遂げています。監督業以前から、俳優、エッセイ、イラストなど多彩な才能を発揮。伊丹監督のお葬式はどんなお葬式だったのか…。
 故郷の松山市宮本信子が「伊丹十三記念館」を建て、生前の様々な資料を展示しています。伊丹監督がニャン吉役の猫と写っている写真のポストカードも売っています。

◆慣れない方がいい

 『お葬式』のヒットの理由は、リアリティにあると思います。今でこそ、「お別れの会」などを無宗教で行ったり、他人を呼ばず近親者だけの集いとしたり、生前から自分の葬儀を企画・演出したり、と多様化している葬儀ですが、この当時は葬儀社とお寺に言われるがまま、それに、各人が過去に得てきた知識や慣習が混ざり合って(宗教や土着の習慣によって異なるはずなのに、自分の経験を主張してやまない人がいたり)、悲しみと慣れないことで思考停止気味の遺族の周りに、その倍以上の平常心の他人が集まって、ベルトコンベヤー式に事が進行していたように思います。
 どこかちぐはぐで迷惑な人の代表が、大滝秀治演じる故人の兄。手広く事業をやって成功しているものだから、人の集まる場で上に立って仕切らずにはいられません(「自分の親戚で言えばあの人だ」などと思う方もいらっしゃるかも)。出棺のときに写真を撮ろうと言い出して流れを止め、みんなに悲しみのポーズのやらせを要求するなど、いますよね、こういう人。7人きょうだいで、千鶴子の父が亡くなったことにより自分一人になってしまったというのに、ちっとも悲しくなさそうで、千鶴子のいとこ(伯父さんと千鶴子の父にとっては甥)のシゲという青年は彼を嫌い、皆が帰って静かになったあと、棺の窓を開け千鶴子の父の顔を見てすすり泣きます。千鶴子の父にはかわいがってもらったのでしょうか。つられて千鶴子も千鶴子の母も泣きだします。親戚間の人間模様も、葬儀という場では鮮明になったりするものです。

◆我慢できない女

 『お葬式』で、議論を呼んだのが侘助と愛人の良子の破廉恥なセックスです。ほかの部分は、葬儀で誰もが経験しそうなリアルなエピソードで、観客は共感をもって見ることができますが、この部分は露骨でえげつなく、ましてやそれが葬儀の日に会場の目と鼻の先の野外で、という設定で、異質な雰囲気です。ただ、私は、これが伊丹監督流だと思います。
 伊丹監督は、さびれたラーメン屋を流れ者の男が再生させる映画『タンポポ』(1985年)の傍系のエピソードで、食に対する人間の欲求やあさましさを皮肉っぽく描いています。どんなに取り澄ましていても、人間は生きている以上は食欲や性欲から免れられないし、それは時や所を選ばず人間を支配しているという認識が、伊丹監督にはあったと思います。だとしたら、たとえ葬儀という場であろうと、その支配に操られる人間がいたとしても、何らおかしいことではない、ということがあのシーンに込められていたのではないでしょうか。外見はまじめで硬そうな良子の中に、人間という動物のドロドロした欲望がうごめいているという逆説も感じられますが、この場では良子の外見はあまり意味がないでしょう。ここで最も伝えたいはずのことは、生きるために人間に備わっている欲望というものの圧倒的な力だろうと思います。
 もうひとつ、このシーンで私が感じるのは、藪の中を走って逃げる良子を侘助が追いかける部分が、溝口健二の『西鶴一代女』(1952年)で、斬首された勝之介の遺言を読んで、井戸に身を投げようと藪の中を走るお春を母が追いかける長回しのシーンを模倣したものではないかということです。伊丹監督が初の監督作品で、クレーンを使ってやや上方から流れるように撮るこの撮影方法を取り入れてみたいと考えてこのシーンを作ったとすると、葬儀会場からほど近い山道で行為に及ぶという設定の不自然さも合点がいきます。
 いずれにしても、比較的当たり前のことをつづった『お葬式』の中で、このシーンが最も強烈な印象を残したことだけは間違いありません。

◆願わくは花の下にて

 『お葬式』のリアリティのことに話を戻しましょう。
 葬儀屋のサングラスの海老原(江戸家猫八)は、海千山千で、その家の懐具合を鋭く嗅ぎ当て、彼らがちょっと無理すれば出せるくらいのサービス料金を提示しているのでしょう。宗派の違うお寺のお坊さん(笠智衆)を呼んで、二人で結託してうまいこと商売しているような。何しろこのお坊さん、ロールスロイスに乗っているくらいですから。
 おなかの大きい千鶴子の妹(友里千賀子)、血縁者ではないので控え目なその夫、その子供たちと侘助と千鶴子の子供たちが元気に遊びまわるところなど、親戚の集まりではよくありそうなことです。
 火葬場で棺を窯におさめ、蓋を閉めるときは、本当にこれが最後のお別れだと、涙を抑えられないものです。侘助
「俺は春死ぬことにしよう。俺が焼ける間、外は花吹雪。いいぞ」
と千鶴子に語ります。

◆その時を、その後を

 笑ったり共感したりしているうちに映画は終わりに近づき、お母さんが自分から進んでした挨拶は胸を打ちます。
 心臓発作で病院に担ぎ込まれたお父さん。最期のときは心肺蘇生措置のため、お母さんは病室の外にいて、みとれなかったのです。お母さんが語るのは「どうせ亡くなるなら、その時を一緒にいてあげたかった」という、愛する者への、真実の人間らしい気持ち。新型コロナでタレントの志村けんさんが亡くなったとき、遺体の顔を見ることもできず、お骨になって戻ってきたのを受け取っただけだったというお兄さんの談話は、私たちにショックを与えました。
 心停止が必ずしも死とは言えなくなったり、肉体は生きていても人間としての活動を復活することのできない脳死など、医学の発達によって死の定義も変化を続けています。けれども、人間が、いつどのように死ぬかを選べないという事実は、昔も今も変わりません。色々な医療器具につながったまま、親しい人にお別れも言えずその時を迎えることになるなら、という気持ちが、せめてその後はと、自分らしい葬儀やお墓のあり方を模索する動きにつながっているのではないでしょうか。


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ゴースト ニューヨークの幻

  製作:1990年
  製作国:アメリ
  日本公開:1990年
  監督:ジェリー・ザッカー
  出演:パトリック・スウェイジデミ・ムーアウーピー・ゴールドバーグ
     トニー・ゴールドウィン、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    女性主人公モリーの飼い猫
  名前:フロイド
  色柄:キジトラ

若い女性の涙をさらい、大ヒットしたラブストーリー。劇中に流れる「アンチェインド・メロディ」もリバイバル大ヒット。


◆原題はズバリ『GHOST』

 この映画のことをたいていの人は「ゴースト」と言うと思いますが、「ゴースト」は「幽霊」。そのままではまるでホラーなので、日本公開にあたって副題に「ニューヨークの幻」を足したのでしょうが、結果的には「ゴースト」のまま通ってしまっているので、単に『ゴースト』でもよかったのではないかという気がします。以後、この文章の中では『ゴースト』と表記させていただきます。
 英語がネイティヴの人たちにとって『GHOST』という原題は、日本語の「幽霊」のように、ぞっとする響きで受け取られたのでしょうか。だとすると、この映画であえて『GHOST』という題を付けたのは、そのネガティヴなイメージをひっくり返すほど美しいラブストーリー、絶対ヒットする、という自信を秘めていたのではないかと思います。

◆ストーリー

 ニューヨークに住む新進陶芸家のモリーデミ・ムーア)と銀行員のサム(パトリック・スウェイジ)は同棲を始めたばかりのカップル。二人で歩いていた夜道で強盗に襲われ、強盗を追い払ったサムが見ると、モリーがサムの体に取りすがって助けを呼んでいる。サムは強盗に銃で撃たれて死んでしまい、幽霊になってモリーと自分の死体を見ているのだった。
 サムの霊はずっとモリーのそばにいるが、モリーは気づかない。ある日、モリーの留守中にサムを殺した強盗が部屋に入って来る。そこにモリーが帰宅したので、サムは猫をけしかけて強盗を撃退する。サムは霊媒師のオダ・メイ(ウーピー・ゴールドバーグ)にコンタクトをとり、危険が迫っていることをモリーに伝えてもらう。モリーは警察に相談に行くが、オダ・メイに詐欺などの前科があることがわかり、彼女の話を信じなくなってしまう。
 一方、サムの同僚のカール(トニー・ゴールドウィン)が、サムを殺した強盗の部屋に向かったのでサムは驚く。カールは銀行で架空の顧客口座を作り、麻薬組織に金を送金しようとしていた。サムを殺した強盗は、コンピュータの操作に必要なコードをサムから奪うため、カールに頼まれてサムを襲ったのだ。怒ったサムはオダ・メイに架空口座の本人になりすまさせて、金が麻薬組織に渡る前に口座を解約。金を用意できなくなったカールは麻薬組織から命を狙われてしまう。夜、銀行に一人残るカールの周囲で、サムが次々と怪現象を起こして見せ、カールは恐怖で一杯になる。カールは、オダ・メイが金を引き出したのだと直感、強盗の男とともにオダ・メイの家を襲って金を取り戻そうとする。
 サムの助けでモリーのところに逃げて来たオダ・メイは、サムが霊魂となってモリーのそばにいる証拠を示す。サムはオダ・メイの体に乗り移って、モリーに愛を伝えるのだった。そのとき、カールがモリーの部屋にやって来る…。

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 ◆猫にはそれが見える?

 猫のフロイドは、おとなのキジトラ。人間とつかず離れずの距離を保ち、落ち着いたおとなしい、いい猫です。同棲を始めたモリーとサムの、モリーの方が連れてきたようです。
 サムが幽霊となってモリーのそばにいるのに、モリーにはわからない。と、フロイドがフギャーッとサムに威嚇の声を上げます。サムがフロイドに顔を近づけると、びっくりしてフロイドは逃げ出します。猫には幽霊が感じられるようです。
 再びフロイドがサムに反応するのは、サムを殺した強盗の男がモリーの部屋にやってきたとき。モリーが帰宅して着替えを始め、隣の部屋に強盗の男がいるのに気づかない危機一髪の場面。自分では手が出せないサムが、廊下にいるフロイドに顔を近づけておどかすと、フロイドはギャーッと叫んで、強盗の顔をひっかいて逃げ、驚いた強盗は走って退散します。
 お手柄のフロイドですが、出番はこれで終わり。その後も、カールが来たり、オダ・メイが来たり、モリーの部屋の場面は何度もあるのに、フロイドは影も形もありません。強盗を撃退するシーンまでは何度も画面に登場させておいて、その後はまるで猫など飼っていないかのよう。これは不自然。
 猫とオダ・メイとがからんだら面白い場面ができたのではないかと思いますよ。ほかに、サムが念力で動かしたコインが宙に浮くのを見て、猫が飛んできてじゃれて打ち落とすとか…。そんなシーン、見てみたかったなあ、残念です。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆懐メロと名場面

 自分としては、わりと最近の映画だと思っていたら、この映画、公開からもう30年以上たっているのですね。時の流れは早い(汗)…。当時を思い出すと、テレビでは盛んにこの映画を取り上げ、コマーシャルも流れ、見た気になってしまった人も多かったのでは? ストーリーも大してひねりはなく、前宣伝から予想できた通りの展開。にもかかわらず、この映画が大ヒットしたのは、劇中で流れた「アンチェインド・メロディ」と、霊媒師オダ・メイを演じたウーピー・ゴールドバーグの個性的なキャラクターによるところが大きいと思います。
 「アンチェインド・メロディ」は、私など、幼い頃に耳で聴き覚え、この映画で取り上げられたことで題名を初めて知ったという懐かしのポピュラーの名曲。「鎖につながれていない(unchained)メロディ」とはどういうことかと思ったら、日本未公開の映画『アンチェインド』(1955年/監督:ホール・バートレット)の中で歌われる、刑務所に収監された囚人の気持ちを歌った歌で、その後世界中でたくさんのバージョンが生まれたそうです。『ゴースト』で、モリーがろくろで陶芸の土を形作っている場面に流れるのは、1965年にライチャス・ブラザースというアメリカのデュオが録音した版。私がなじんでいたのもこの版です。
 夜中に眠れなくて、ろくろで土いじりを始めるモリーの背後から、目覚めたサムが抱きしめるこのシーンは、前宣伝でもさかんに流れました。若い女性観客をターゲットにしたこの映画、露骨な性描写は避けられ、土いじりという行為が、間接的にセックスを表現しています。直接的なベッドシーンより、かえって濃厚なものを感じさせます。

霊媒師は三代目

 ウーピー・ゴールドバーグはこの映画でアカデミー助演女優賞を受賞。母と祖母には霊能力があったのに、自分にはなく、仕方なく家業を継いでインチキ霊媒師を続けていたオダ・メイは、なぜかサムとは周波数が合ったのか意思疎通ができ、本物の霊能力を開花させます。まさか自分が霊とコンタクトを取れると思っていないオダ・メイが、サムのヤジに反応して、目を白黒させたり、歯をむき出したりの珍妙な顔つきにただただ驚愕。ここまで変顔ができる女優とは!
 『ゴースト』を見たことがない人がいるならば、見ないでもったいないのは、彼女の演技です。うさん臭さと憎めなさが同居。サムの指示で、カールの架空口座の主を装って銀行を訪れ、400万ドルの預金を引き出した小切手を「そんなの持ってたら殺される」というサムの忠告で修道女に寄付するとき、手放したくなくて悪あがきするところなど、見え透いているのですが笑ってしまいます。監督のジェリー・ザッカーは、『裸の銃を持つ男』(1988年)などのコメディー映画を得意とするようですが、彼がコメディー映画で培った演出術と、ウーピー・ゴールドバーグの波長が合ったのではないかと思います。
 彼女はスティーヴン・スピルバーグのシリアスな人間ドラマ『カラーパープル』(1985年)で、主役を演じています。見比べてみると面白いと思います。

◆普通がいい

 この映画では、デミ・ムーアのヘアスタイルがかわいいとか、サム役がもっと二枚目の俳優だったらよかったのに、ということも女性の間で話題になりました。
 サムは優秀な銀行員で、モリーを愛していますが、愛の言葉より心が大事、同棲を始めたのは自分の愛の証し、と思っている様子です。ところが女性のモリーは、同棲するとかの外面的な事実よりも、サムが「愛している」と口に出してくれないことで、本当に自分のことを愛しているのか不安で仕方ありません。まじめで仕事熱心だけれど、女性に愛を伝えるツボにはうといというサムの男性像。サムがうっとりするような美男子だったら、多少気が利かなくてもモリーはサムにベタ惚れかもしれません。サムは、どこにでもいる普通の男性、というキャラクターである必要があったのだと思います。

◆『ゴースト』の頃

 この映画には二度、日本についての言及があります。
 一度目は、映画の始まりの方、サムがカールと、その日銀行に来る予定の客の日本人のコバヤシの話をしているところ、二度目はサムの死後、カールがモリーの部屋に来て日本の梨を持ってきた、と言うところです。
 おそらく、日本人のコバヤシ氏は、サムの銀行に利益をもたらす相手で、サムはしきりにコバヤシ氏にどうふるまえばいいかを気にしています。1980年代後半は、日本がいわゆるバブル経済の真っただ中で、さかんに余ったお金の使い道を海外の不動産投資に求めていました。ニューヨークのロックフェラーセンターを買収するという象徴的な出来事が起きたのは1989年だったので、この映画の公開の前年です。
 1980年代、日本の対アメリカ貿易収支は一方的に黒字が続き、アメリカの対日感情が悪化していました。自動車産業が壊滅的となったデトロイトで、日本車を叩き潰すなどの事件が起きたりもしています。そんな中で、アメリカ社会を支えていた物質的な繁栄が転換期を迎え、人々の心に変化をもたらしていたのかもしれません。合理性を重んじる国、と思っていたアメリカで、『ゴースト』のような非合理的なものを全面的に肯定する映画がヒットしたことに、意外な感じを持ったりしたものです。そして、現世に思いを残した死者がこの世とあの世の境をさまよっているという、仏教国日本でよく言われていることが、宗教の違いを超えて共通しているということに、アメリカの人々も日本人も心根の部分では大きな違いはないのではないかと感じました。

 サムを演じたパトリック・スウェイジは、2009年に57歳ですい臓がんのため他界しました。いまごろ天国で幸せに暮らしていることでしょう。

 


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西鶴一代女

  製作:1952年
  製作国:日本
  日本公開:1952年
  監督:溝口健二
  出演:田中絹代三船敏郎、菅井一郎、進藤英太郎、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    呉服屋笹屋の飼い猫
  名前:たま
  色柄:茶白のブチ(モノクロ映画のため推定)

井原西鶴の『好色一代女』をもとに、愛を求めて苦悩する女・お春を描いた、日本映画の至宝。


◆美女は命を断つ斧

 見出しは、1686年に世に出た井原西鶴浮世草子『好色一代女』の出だしの文言です。『好色一代女』は、主人公の老尼が庵を訪ねてきた若い男に、13歳から65歳までの男性遍歴を話して聞かせるという物語です。『西鶴一代女』は、その構成を踏まえつつ、主人公のお春が真実の愛を求めながら運命の犠牲になり、落ちぶれていくさまを、酷薄に描き出す人間ドラマとなっています。『好色一代女』の文字通り性的な欲望を主体的に求めるヒロインは、『西鶴一代女』において男の性的欲望の犠牲になるヒロインへ。『好色一代女』を思い浮かべて、エロチックな映画ではないかと敬遠していた方がいらっしゃいましたら、ご覧になってその哀しくも美しい世界を味わっていただきたいと思います。
 溝口健二監督はこの作品でヴェネツィア国際映画祭国際賞を受賞、翌1953年の『雨月物語』で同銀獅子賞、さらにその翌年に『山椒大夫』で同銀獅子賞(黒澤明監督『七人の侍』と同時受賞)という快挙を成し遂げ、日本映画の水準の高さ・彼の映画の芸術性を世界に知らしめました。

◆ストーリー

 江戸時代の奈良。夜明け、惣嫁(そうか)と呼ばれる街娼のお春(田中絹代)が、寺の羅漢堂に入り、羅漢像の顔に自分の人生を通り過ぎて行った男の面影を思い浮かべ、回想が始まる。

 位の高い武家に生まれたお春は、御所に仕える身ながら、他家の若党の勝之介(三船敏郎)の求愛に身を任せたことが発覚、不義密通の罪で両親と洛外に追放されてしまう。勝之介はお春に「真実の思いに結ばれて結婚するように」と言い残して斬首され、お春は悲嘆にくれる。
 ある日、お世継ぎをもうけるために、側室を探しに京に来た松平家の家臣(小川虎之助)がお春に目を留め、江戸に呼ばれる。勝之介の遺言を忘れられず、世継ぎを産むための身分にわりきれなさを感じながら、お春は泣く泣く江戸へ行く。お世継ぎを産むことができたものの、殿のご寵愛が過ぎお命にかかわると、わずかな金を持たされて京に帰される。
 お春の出世を当て込んで呉服を大量に仕入れ、借金をしていた父親は、戻ってきたお春を京の遊郭・島原に遊女として売ってしまう。お春は太夫にまで上りつめ、お春を嫁にと申し出た田舎者の大金持ち(柳永二郎)に、真に愛してくれるならと嫁ぐ気になりかけたが、男は贋金造りでお縄。
 側室入りの折に骨を折ってくれた呉服屋・笹屋(進藤英太郎)のもとに住み込んで働き始めたが、島原に出入りしていた客とばったり会って遊女だった過去がばれ、主人からは言い寄られ、女房(沢村貞子)には主人との間を邪推され、お春はここも去る。
 親元に戻ると、出入りしていた扇屋の弥吉(宇野重吉)に見染められ、過去も何もかも承知で妻に迎えられる。やっと真に想い想われる人と所帯を持てたと思ったのもつかの間、弥吉が物盗りに殺されてしまう。
 世をはかなんだお春は、尼になろうと尼寺に身を寄せるが、お春に気があった笹屋の番頭・文吉(大泉滉)が店の品をごまかしてお春に貢ぎ、大番頭(志賀廼家弁慶)が寺に取り立てに来る。お春が「もらった品はもう仕立てた」と、着ていた着物や帯を脱ぎ棄てるのを見て、大番頭はお春に手を出してしまう。庵主の尼(毛利菊枝)に見とがめられ、お春は寺を追い出される。
 寺を出たお春は、店の金を持ち逃げして来た文吉にばったり出会い、二人で逃げるが、文吉は追手に捕えられてしまう。
 荒れ寺の門に座って三味線を弾き語る五十がらみの乞食姿のお春。たまたま通りかかった武家の駕籠から若君の姿が見え、我が子を思い出して泣き伏したところを年配の惣嫁の女たちに助けられ、仲間に入る。
 夜、街角に立つお春に、一人の老人がついてくるよう促す。巡礼宿に着くと、老人が数人の若衆にお春の老醜をさらし、お前らは女が欲しいというがこんな女でも相手にするか、と説教をする。わずかな駄賃で追い返されるお春。
 再び冒頭の夜明けの寺。お春は羅漢像を見ているうちに気を失う。気が付くと母が枕辺にいて、松平家で産んだ子が当主になったと知らされる。お春は晴れてご生母として江戸に呼び戻されることになったが…。

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◆猫と化け猫

 和の美を極めたこの映画、御所、武家遊郭、寺など、主人公が居場所を変えるたびに家屋や調度などの美術、髪型や装束も変化し、いまこれを再現することは不可能ではないかと思われるほど、豪華で緻密な考証がなされています。映画は多くのスタッフの力を結集して作り上げる総合芸術だと、あらためて思い知らされます。
 呉服屋の笹屋嘉兵衛がからむ場面は、町人らしいくだけた雰囲気で、くすりと笑わせるところも。
 映画中盤で登場する猫は、この笹屋のたま。笹屋の女房は、以前病気をして頭のてっぺんが大きくはげており、夫の嘉兵衛にばれたら愛想尽かしをされると、つけ毛をして絶対に知られないようにしています。お春が遊女をしていたことがわかると、女房は夫がそれを承知でお春を住み込みで雇ったのだと思い込み、嫉妬でお春の髪をはさみで切ってしまいます。そんな目に遭ったあと、主人に手を出されて、お春の怒りが爆発。自分の髪の油の匂いをたまにかがせて、女房の寝室に忍び込ませます。しばらくすると、障子に髪油の匂いがついた女房のつけ毛をくわえて逃げるたまのシルエットが。気づいた女房が大騒ぎをして、主人にはげを見られてしまいます。
 シルエットのたまは、古い映画によくあるように明らかに作り物とわかる動きですが、歌舞伎など古典芸能の、人間が演じる動物のようなユーモアも感じられ、これはこれでほほえましい味があります。

 『西鶴一代女』には、化け猫も登場します。お春です。
 お春が老人に導かれて三十三ヶ所巡り(近畿地方を中心にした三十三の霊場の巡礼)の宿に連れていかれ、若衆を前にさらし者にされたときのことです。五十を過ぎたお春が、男の気を惹くために二十歳そこそこの身なりと作り声をして暗がりに隠れ、生きていくためと自分を奮い立たせて初めて街角に立った夜に、「どうじゃ、この化けようは」といきなり浴びせられた屈辱。駄賃を持たされて帰りかけたお春がたまりかねて、踵を返して老人と若衆の前に進み出ます。
「この化け猫とお話しなさるのも、ま、お国へのいいお土産話でございますな」
と言うやいなや、舌を突き出し、猫のような手つきで彼らをひっかくような真似をして「ヒヒヒ…」と宿を後にします。映画に描かれた女の惨めさの中でも、この上なくむごいものでありながら、責め絵のような美すら感じるシーンです。背後から彼らが笑う声がしますが、お春はもはや振り返りません。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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溝口健二という巨人

 海外の映画監督からも絶大な賛辞を贈られている溝口健二は、作品もさることながら、監督本人の人格、個人史、映画への姿勢において、伝説ともいうべき数多の逸話を残し、研究書や評伝などが多数出版されています。溝口健二の映画について語るということは、溝口健二自身を語ることでもあります。詳しくはそれらの書籍と、何より作品をあたっていただきたいと思いますが、私は、溝口健二が生きた時期が幸運だった、と思います。
 彼は1898年に東京に生まれ、没年は1956年。明治後期、大正、昭和の前半を生きたことになります。溝口は二十歳を過ぎてから当時新興産業だった映画界に入ります。24歳で監督デビュー。直後に関東大震災(1923年)が起きて撮影所が壊滅、京都に移り、溝口はそこで京都・大阪の文化に触れます。これが、彼の日本的美意識に貫かれた表現に結びついたと言われています。
 彼の生涯は、社会が不安定で、暮らしや文化や価値観が大きく揺れ動く時期と重なりますが、それゆえ勃興期の映画産業という場で力を試すことができるカオス的状況に恵まれた、と言えます。やがて映画のカラー化の時期、彼の残した2本のカラー作品『楊貴妃』(1955年)『新・平家物語』(同)は、学芸会のような失敗作。そして、日本映画の観客離れが進む直前に彼は亡くなります。浄瑠璃や新派などに描かれた日本人のウェットな心情・自らの美意識を完璧なまでに時間とお金をかけ追求してきた彼は、生きていれば価値観の変化、映画産業の衰退の中でもがき苦しんだことでしょう。この時期この世を去ることができたのは、幸せだったかもしれません。

◆女優田中絹代

 主演の田中絹代(1909~1977)は1924年から国民的女優として活躍。彼女も多くの逸話を残しています。戦後、親善使節として数ヶ月間渡米し、帰国後、サングラスで「ハロー」と挨拶、投げキスを連発して銀座をパレード、日本中からバッシングを受けたのは有名な話です。これにより一時は自殺を考えたともいう彼女は、同時期にスランプに陥っていた溝口監督と、この『西鶴一代女』で立ち直ったと伝えられています。映画監督としても数本の作品を残し、最近ネット配信で一部を見ることができるようになったのは嬉しいことです。溝口監督の作品には1940年の『浪花女』で初めて出演し、15本の映画に出ています。
 溝口健二田中絹代に想いを寄せていた、というのも定説になっています。映画監督・脚本家の新藤兼人は、溝口健二についてのドキュメンタリー映画『ある映画監督の生涯』(1975年)で田中絹代にインタビューし、その噂に切り込んでいます。田中絹代は、溝口健二に対してまんざらでもなかったようですが、尊敬する映画監督と女優としての関係、とかわしています。サディスティックなまでに、虐げられた女性像を作品で描いた溝口健二は、女性とあまり良好な関係を築けなかった人です。
 ヴェネツィアに『西鶴一代女』を引っ提げて行った二人。『西鶴一代女』の田中絹代は、ほかのどの映画より美しく、女優としてのりりしさと凄みを感じます。いずれにしても、二人とも真相をお墓にまで持って行ってしまったので、日本映画史きってのロマンスの噂は謎に包まれたままです。

◆勝之介の心

 静かな日本情緒に貫かれている『西鶴一代女』で、三船敏郎演じる勝之介がお春を口説くときのセリフや遺言には違和感があります。
「人間は、いえ、女は、真実の思いに結ばれて生きてこそ初めて幸せなのでございます」
「身分などというものがなくなって、誰でも自由に恋のできる世の中が来ますように」
 家、身分が優先する封建的な江戸時代に、このような自我意識に基づいた主張をすることなど、ありえません。『肖像』の記事の中で触れたように、この時期の日本映画はGHQの占領下で、封建的な要素の排除、民主主義啓蒙的な内容が求められています。三船敏郎と言えば黒澤明の『羅生門』(1950年)での京マチ子とのキスシーンも違和感がありました。勝之介の自己主張も、多襄丸(『羅生門』での三船の役名)のキスも、GHQがらみの演出でしょう。ただし勝之介のこの言葉は、『好色一代女』の主人公の淫蕩ゆえの男性遍歴というストーリーの軸を、真実の愛を求めるお春の魂の遍歴という軸に転換する役割を担っています。
 そうは言ってもこの部分が全体から浮いているのは否めません。三船がこの役に似合っていないのも残念です(三船の溝口作品出演はこれだけ)。

◆失われたシーン

 西鶴一代女』で私がもう一つ感じた違和感があります。タイトルで田中絹代の次にクレジットされ、当時のポスターか何かを使ったDVDのジャケットにも大きく顔が載っているわりには、松平家の奥方役の山根寿子の影が薄いのです。
 わが白井佳夫師匠が、著書『黒白映像日本映画礼讃』(1996年/文藝春秋社)で触れていますが、現在、再上映されたりDVDになっている『西鶴一代女』には、公開当時に存在していたシーンのいくつかが欠落しているというのです。山根寿子の奥方がらみでは、悋気講(りんきこう)という、憎い相手に見立てた人形をいじめて憂さ晴らしをする催しを開き、お春そっくりの人形を侍女たちがなぶりものにするのを奥方が無表情に眺めるシーンがあったそうです。依田義賢(よだよしかた)の書いたシナリオを読むと、そのほかにも、お春が飯盛り女になったり、湯女になって男の背中を流したりなど、だんだんと落ちぶれて乞食になるまでのいくつかのシーンが存在しています。
 これらのシーンは、師匠が依田義賢に聞いたところ、ヴェネツィア国際映画祭出品のときに上映時間の制限があったためにカットされたそうで、その後師匠の求めで兒井英生(こいえいせい)プロデューサーが調べた限りでは、元のフィルムは所在がわからないとのことです(前掲書)。
 『西鶴一代女』以外の今に残る多くの古い作品も、恣意的な加工が加わったコピーを知らずに見ているということがあるのかもしれません。日本のどこかに、失われたシーンの含まれた『西鶴一代女』のフィルムが眠っていないものでしょうか・・・。

 

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泥棒成金

  製作:1955年
  製作国:アメリ
  日本公開:1955年
  監督:アルフレッド・ヒッチコック
  出演:ケーリー・グラントグレース・ケリーシャルル・ヴァネル
     ブリジット・オーベール 他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    泥棒猫(?)と、主人公ジョン・ロビーの飼い猫
  名前:なし
  色柄:黒

主人公は「猫」というあだ名の元宝石泥棒。その名の由来は? ミステリーの巨匠、ヒッチコックのこじゃれた一作。

 

◆昔の女優はきれいだった

 いまの女優さんがきれいじゃない、というわけではありませんが、それでもやっぱり、1950年代以前の映画を見ると、女優さんの美しさにため息とともに見とれてしまうことがあります。テレビが普及する前、動くスターを見られる場所は映画か舞台に限られ、特に初期の頃の映画は、貧しい労働者の娯楽でした。映画を見に行くのは晴れがましい非日常的な体験。映画会社が特別な日を楽しむ観客の動員のため、映画を夢と憧れの世界に仕立て、スターを競って育てたので、あのように美しい女優さんたちが輩出したのでしょう。
 最近の日本の20~30代の人気女優さんたちはずいぶん似通った顔立ちをしている、と私は感じています。自分の学校時代を振り返っても、美人は何人もいましたが、それぞれ違った個性でしたし、いま人気の日本の女優さんたちのような顔をしている人に実生活で出会ったことがないのです。これは日本人の顔が変化したのか、人工的に手を入れているのか、そういう顔の人しか芸能界が選ばないのか、・・・それとも、子どものとき親がアイドルの見分けがつかないと言っていたその状態に、自分の脳が至っただけなのでしょうか・・・。

◆ストーリー

 南仏リヴィエラで、お金持ちが高価な宝石を盗まれる事件が続発した。その手口はかつて「猫」というあだ名で呼ばれた宝石泥棒、ジョン・ロビー(ケーリー・グラント)のものとそっくり。既に泥棒稼業から足を洗い、のんびり暮らしていたジョンは、警察の容疑がかかったため、家から逃げ出す。ジョンは、助けを求めてベルタニ(シャルル・ヴァネル)の経営するレストランに行くが、彼の指示でソムリエの娘のダニエル(ブリジット・オーベール)に案内されてニースに逃げる。
ジョンは、偽の「猫」を捕えて身の潔白を証明しようと、ベルタニの紹介した保険会社のヒューソン(ジョン・ウィリアムズ)から、「猫」のターゲットになりそうな顧客リストをもらい、アメリカの材木商に化けて富豪のスティーブンス母娘に近づく。ジョンは美しい娘のフランシー(グレース・ケリー)に一目ぼれ。フランシーもジョンに魅了される。翌朝、母娘とジョンが泊まるホテルで、政府高官の奥方の宝石が盗まれていた。ジョンが偽の「猫」を装って盗んだのだ。
 フランシーはジョンに近づこうと海水浴に誘う。そこにダニエルが現れ、ジョンを取り合って女同士のひと悶着。フランシーがすかさずジョンに声をかけて車で外出すると、その後を警察が追跡してくる。驚異のドライビングテクニックでそれをかわすフランシー。彼女は、ジョンが「猫」で、昨夜の盗難もジョンの仕業と見抜いていたが、それはジョンが偽の「猫」をおびき寄せるためにやったこととは思っていなかった。その夜、フランシーはジョンを誘惑し、彼に抱かれる。だが、フランシーがまどろんでいる間に母親の宝石が盗まれ、フランシーはジョンを責め立てる。今度こそ偽の「猫」の仕業だったのだが、フランシーは警察にジョンの犯行と通報してしまった。
 逃げ出したジョンの前に男が現れ、ジョンともみ合った末、過って死んでしまう。新聞は「猫」が死んだと書き立て、警察もジョンのマークをやめようとするが、死んだ男は猫のように屋根に上ったりできないことをジョンは知っていた。
 ジョンは仮装パーティーで偽の「猫」をつかまえるための罠を仕かけようと、フランシーに協力を頼む・・・。

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◆泥棒猫

 この映画、登場する本物の猫は黒2匹(同じ猫が演じているのか?)。映画の冒頭、「宝石が盗まれた!」と中年女性がわめくシーンのあと、〈夜、屋根瓦の上をカメラの方に向かって1匹の黒猫が歩いて来る、続いて宝石が盗まれるカット、そのあとで猫がカメラ側からさっき来た方へ去って行く〉というパターンが二度繰り返されます。音もなく屋根から侵入し、去っていくので、まるで猫のよう、というジョンのあだ名をイメージ化した映像です。
 もう1匹の黒猫は、ジョンの豪邸で飼われているスリムな美猫。ジョンが分身のようにかわいがっているのでしょう。主のように落ち着き払って、長椅子の上で新聞を手の下に敷いて横になっています。その新聞がアップになると、「猫」と思われる宝石泥棒を報じる記事が。よく見ると、新聞には猫が爪とぎした跡がついています。さすがヒッチコック、芸が細かい。ただ、ほんとの猫なら新聞じゃなくて長椅子で爪をとぐでしょうけどね。
 猫の次の登場は保険会社のヒューソンがジョンの豪邸に来たとき。傍らのチェアで寝ています。猫の出番はここで終了。はじめの三十数分で終わってしまうので、猫の出るシーンだけでいい人はここまで、です。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆盗人にも○分の理

 泥棒成金』とはまたどうしてそんな題名か、と思いきや、主人公ジョン・ロビーは、泥棒で稼いだお金でリヴィエラの豪邸を手にした、というわけ。少しさげすんだニュアンスが邦題からは伝わってきます(原題は『To Catch a Thief』。どういうわけか、インターネット・ムービー・データベース(IMDb)にはローマ字で『Dorobô Narikin』と紹介されています)。
 ジョンはかつて泥棒で服役していたのですが、第二次大戦中に脱獄して対独レジスタンスとして活動し、その功績で仮釈放中。何かしでかすとたちまち刑務所に逆戻りの身だったので、一連の宝石泥棒が自分の犯行ではないと証明しようとしたのです。偽者の「猫」をおびき寄せて自分で捕まえるために、保険会社のヒューソンから高価な宝石を持っていそうな顧客のリストをもらおうと、豪邸に招いて昼食をごちそうしたとき、ジョンの口から語られる過去が振るっています。空中ブランコ乗りだったがサーカスがつぶれ、いい暮らしがしたくて身軽さを生かし泥棒になった、と言うのです。ヒューソンが、盗みは子どもの頃の心の傷からかとか、ロビン・フッドのように盗んだお金を人に与えたんだろう、といくらかでもジョンの犯行を肯定できる背景があるのではと尋ねると、根っからの泥棒、独り占めした、と涼しい顔。レジスタンスでは人を72人殺したというので、ヒューソンは真っ青になります。
 ジョンは、誰でもちょっとした物を失敬したり、余分な出張経費を会社に返さないなどをやっている、誰もが泥棒だ、なんで自分だけが責められるのだ、と身勝手なへ理屈でヒューソンを煙に巻きます。
 ヒューソンは、警察にジョンが自分で真犯人を捕まえようとしていると相談したら、警察もジョンのその計画に乗ってきたと打ち明けます。いくらなんでもそんな警察があるものか、フランスの警察は怒らなかったのか、と思いますが、この手の映画に目くじら立てても仕方がないと、大人の態度で流したのでしょうか。我々も大人の態度で、あまり細かいところは気にせず、気楽にこの映画を楽しみましょう。

◆Why American people

 ジョンがスティーブンス母娘に近づくために、一儲けした材木商を装ったことも、「成金」という題名には含まれているのでしょう。
 スティーブンス母娘はアメリカ出身。小さな牧場を経営していて、夫亡きあと牧場の土地から油田が湧き、母娘は一気に大金持ちに。母(ジェシー・ロイス・ランディス)は牧場のおかみさん気質を残していて、上流階級の社交が苦手。シャンパンなんてお酒じゃない、とバーボンをぐいぐいやります。気になるのは娘の結婚。釣り合いの取れそうな男性を探していて、さっそくアメリカ出身の材木商バーンズことジョンに目をつけます。
 ところが、娘のフランシーは、「イギリス映画のアメリカ人みたい」とバーンズがアメリカ人でないことを見抜きます。「仕事の話をしない、野球の話をしない」から全然アメリカ人っぽくない、と言うのです。
 監督のアルフレッド・ヒッチコックはイギリス出身。1939年にハリウッドに渡りますが、渡米後様々なカルチャーショックに見舞われたことは想像に難くありません。そんなヒッチコックが指示したセリフか、『泥棒成金』のほか、『裏窓』(1954年)や『知りすぎていた男』(1956年)などのヒッチコック作品の脚本を手掛けたジョン・マイケル・ヘイズがもともと書いたセリフか、欧米で一般的にジョークとして言われていることかわかりませんが、「仕事と野球の話ばかり」というのは、この当時のアメリカ人男性のステレオタイプとして認知されていたのだと思います。

◆美女VS小娘

 美人女優を起用するので評判のヒッチコック監督。中でもグレース・ケリーは、『泥棒成金』のほかに『ダイヤルMを廻せ!』(1954年)『裏窓』(同)と、3本のヒッチコック映画に出演。1929年生まれ。カンヌ国際映画祭への出席を機にモナコ公国のレーニエ大公と出会い、結婚したのは1956年で、この3本の映画はその直前、美しさの絶頂です。1982年、52歳で自分の運転する自動車の事故で崖から転落、惜しくも亡くなりましたが、当時の様子を伝えるTV映像を見ると、事故は『泥棒成金』の海岸線のような場所で起きています。そう思うと、この映画の危険な運転(俳優が止まっていて、動く背景を投影するスクリーンプロセスによる撮影ですが)に不吉な影を感じてしまいます。
 グレース・ケリーのフランシーと、ジョンをめぐってさや当てをするフランスの10代の小娘ダニエル役は、フランス人女優のブリジット・オーベール。日本で公開されている映画では、この『泥棒成金』と、『巴里の空の下セーヌは流れる』(1951年・日本公開1952年/監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ)のほか、1998年の、レオナルド・ディカプリオが主演した『仮面の男』(監督:ランドール・ウォレス)に、皇太后のおつきの役で出ています(可愛いおばあちゃんぶりが見られますよ)。
 『巴里の空の下セーヌは流れる』では、恋人の後を追ってパリに出てくるうぶな田舎娘の役を演じていますが、とにかくこの映画のブリジットは、清楚でチャーミング! 『泥棒成金』では、大胆な水着姿で寝そべったり、役柄から仕方ないとはいえ、顔も洗練されていない粗野なメイクで少しイタい。グレース・ケリーの引き立て役のようでかわいそうです。映画では、20代のフランシーを中古車、10代の自分を新車にたとえていますが、実際は、ブリジット・オーベールの方がグレース・ケリーより年上。ただし、彼女の生まれた年については、ネットで私の調べた範囲では1925年とも1928年とも。誤った情報が広がっている可能性もありますし、ここは併記させていただきます。

◆サスペンスはお好き?

 犯人捜しがメインのサスペンスは、犯人を分かりにくくするためにストーリーが不自然だったり、たくさんの意味ない人物が出てきたりで、見終わってもいまひとつすっきりしないことがあります。『泥棒成金』も偽の「猫」がそうまでしてジョン・ロビーを装う理由がはっきりせず、観客には消化不良の感あり。美男美女、上流社会、フランスの観光名所、スリルでハラハラの、娯楽性を前面に出した映画です。
 ヒッチコック監督と言えば、誰でもその作品を1、2本は見たことがあると思いますし、TVシリーズもあり、カルト的なファンも大勢いらっしゃいます。いずれまた猫が出てくる『裏窓』のときにでも彼の話を…。
 あ、ケーリー・グラントのこと、全く無視しちゃいましたね。

 

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砂の器

  製作:1974年
  製作国:日本
  日本公開:1974年
  監督:野村芳太郎
  出演:丹波哲郎森田健作加藤剛島田陽子加藤嘉 他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    作曲家・和賀英良(わがえいりょう)の飼い猫
  名前:なし
  色柄:キジトラ

70年代を代表する名作推理サスペンス。「宿命」のメロディーに乗って描かれる、壮絶な過去の記憶とは? (ネタバレあり)


シネスコの旅風景

 新型コロナウィルスの感染拡大により、不自由な日々をお送りのことと存じます。また、ご自身や身近な方が感染された皆様には心からお見舞い申し上げます。
 今回、久しぶりに『砂の器』を見たとき、映画の前半、刑事が列車で本州各地を回るところで、駅や列車の映る画面を食い入るように見ている自分に気付きました。旅への飢餓状態です。長距離列車に乗りたい、車掌さんが来るとき少し緊張してみたい、乗り換え時間を駅で過ごしてみたい、そして、シネマスコープの大画面でこれを見てみたい。
 それを安心して実現できるまでの間、このようなブログが読者の皆様にとってしばしの慰めになれば、と願うばかりです。

◆ストーリー

 1971年6月、国鉄蒲田操車場で、60代前半とみられる男性の他殺体が見つかる。男性の身元につながる所持品はなく、直前に立ち寄った近くのバーの従業員の証言によると、男は東北弁で、連れの白いスポーツシャツの若い男と「カメダ」と話していたという。警視庁のベテラン刑事・今西(丹波哲郎)と、西蒲田署の若手刑事・吉村(森田健作)は、その証言をもとに秋田まで聞き込みに行くが、手掛かりはつかめなかった。
 身許不明の遺体の確認に来た息子によって、男は岡山の三木謙一(緒形拳)と判明した。三木は一人でかねてから念願のお伊勢参りに出かけ、なぜ予定にない東京に行ったのか、息子には全くわからないと言う。
 三木が出雲地方で昔巡査をやっていたこと、出雲では東北弁に似た訛りがあること、そこに亀嵩(かめだけ)という地名があることを手掛かりに、今西は当時恨みを抱いた者による犯行ではないかと亀嵩を訪ねる。三木は人望篤く、一点の曇りもない人物だった。
 一方、吉村は、走る中央線の窓から紙吹雪のような物をまいた女がいた、という新聞のエッセイ記事から、犯人が犯行時に着ていたスポーツシャツではないかと、その女の勤めるバーに行く。女は高木理恵子(島田陽子)と名乗ったが、吉村が来店したその場で姿を消してしまう。吉村は執念で紙吹雪のようなものを線路際に這いつくばって見つけ出す。それは三木と同じO型の血がついたスポーツシャツの破片だった。
 理恵子は和賀英良(加藤剛)という将来を嘱望される新進作曲家と肉体関係を持っていた。和賀は、後援者である前大蔵大臣の娘・田所佐知子(山口果林)と婚約し、理恵子が邪魔になっていた。和賀の子を宿していた理恵子は、和賀から冷たくされ、誰にも知られず流産で失血死してしまう。
 今西は、犯人の手掛かりを探りに、伊勢、石川、大阪をめぐる。そして、三木がなぜお伊勢参りから急に東京に向かったかを突き止める。
 三木の事件の捜査会議で、今西と吉村は、犯人は和賀英良であると発表する。スポーツシャツの破片を列車の窓から捨てたのは高木理恵子。和賀にとって三木は、絶対に知られたくない自分の過去を知っている人物だった。
 おりしもコンサートホールでは、和賀の作曲した「オーケストラとピアノのための宿命」の演奏会が始まっていた・・・。

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◆気まずいときのペット

 この映画の猫は、中盤、和賀が部屋で作曲しながら婚約者の佐知子と語る場面で登場します。キジトラの、4、5カ月目くらいのしっぽの短い子猫です。ブルーの大きなリボンをつけてもらっていますが、この猫、ストーリー展開にはかかわりを持ちません。わざわざここに猫を出さなくても成立する、と言っていいシーンです。そういう意味では、ほんのチョイ役の瞬猫映画と言ってもいいくらい。山口果林も、加藤剛も、かわるがわるこの猫を抱き、そのしぐさがとても自然なので、二人とも猫を飼っていたのではないかと思います。山口果林が立っているところにこの猫が自分からすすんで歩み寄っていくところがなんともかわいいです。
 普段気楽な関係の家族とか男女が真面目な話を切り出すなど、まともにお互い目を見て話すのはちょっと気づまりなとき、そばにペットがいると、ペットの方に目を向けて話す、ということをよくやりますね。この場面は、佐知子が「あなたとなら幸せになれると思う」と言い、和賀が「幸せなんてものがあるのか」と混ぜ返す場面です。二人が猫を受け渡しし、和賀は猫を抱きながら佐知子に背を向けています。この場合、猫なしで和賀が佐知子に背を向けていると、和賀の視線や腕のポーズによっては、二人の間にかなりの緊迫感が生まれます。これが、和賀が抱いている猫に目が行っていることで、それほど厳しい空気は感じられません。そのあと、佐知子が和賀に、もう一人の女性との関係をキッパリさせるように、と言い渡すと、和賀は子猫を腕から下ろし、佐知子に背を向けて視線を前方へ投げます。同じ背を向けての対話でも、こちらのカットには緊張が走ります。猫は、このシーンの中で最も強い緊迫感をここに持って行くために、その手前で使われたのではないかと思えます。そう考えるとこの猫も、出ても出なくても関係ないとは言えなくなってきます。
 けれども、一人暮らしの男性が猫に大きなリボンをつけて飼っている、というのは絵としてちょっと違和感がありますが・・・。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆元祖・サスペンス鉄旅

 数々の名画を生み出した監督・野村芳太郎と原作・松本清張の黄金コンビ。松本清張の書く「社会派推理小説」は、単なる犯人捜しのトリックを超え、社会的な背景から生まれた犯人の葛藤を克明に描き、繰り返し映画化、テレビ化されています。松本清張原作の映画は全部で36本、うち野村芳太郎監督によるものは8本あります。
 鉄道ファンだった松本清張は、時刻表を使った東京駅での4分間のトリックの『点と線』(1958年/監督:小林恒夫)など、その豊富な知識を巧みに作品に生かしています。
 野村監督と松本清張による最初の映画は1958年の『張込み』です。愛のない結婚をした人妻(高峰秀子)が、強盗殺人を犯したかつての恋人(田村高廣)に呼び出され、山深い温泉宿に会いに行く・・・それを尾行する二人の刑事(大木実宮口精二)。刑事たちが横浜から佐賀まで列車で捜査に向かうのですが、新幹線もまだない時代、夜行のボックス席で、朝方、京都まで座れなかった、という当時の旅事情が描かれているところに清張らしさが感じられます。
 1961年の『ゼロの焦点』では、失踪した夫の行方を求めて、能登のヤセの断崖に妻(久我美子)が向かいます。映画の大ヒットのあと、ここは自殺の名所になってしまったとか。同じ断崖は1978年の『鬼畜』でも登場し、夕陽に染まる望遠での素晴らしいショットが目に焼き付いていますが、この断崖は2007年の地震で崩落し、撮影当時の面影が失われてしまったそうです。

◆宿命

 砂の器』は、ハンセン病という非常にデリケートな問題を扱っています。本浦千代吉というハンセン病の男(加藤嘉)とその6、7歳の子・秀夫(春田和秀)が故郷から追われ、巡礼姿で石川県から日本海沿岸を西に進む流浪の旅に出たのが昭和17(1942)年。その前々年の1940年に『小島の春』(監督:豊田四郎)という映画が公開されています。これは、ハンセン病患者を療養所に収容する任にあった小川正子という医師の手記を映画化したもので、その抒情的な描写で多くの人々の感動の涙を誘ったと言われています。私は見たことがありませんが、当時は、差別と偏見を恐れて在宅の患者が座敷牢に閉じ込められたり、『砂の器』の親子のように家を出て放浪の旅に出たり、という悲惨な状況にあり、療養所への隔離は非常に人道的な行為であると、この映画によって清らかに美しく描かれていたようです。実際は患者が出歩いて感染を広げないようにという名目の、強制隔離でした。
 医学的に隔離は不要だったこと、療養所の中で患者たちが人権を無視した扱いを受けていたということは、今の私たちが知るところです。強制隔離を定めたらい予防法は1996年に廃止されました。病状が進むと外見に著しい変化をもたらすこの病気は忌み嫌われ、患者が触った物に触れると感染するとか、空気感染するとか言われていたようですが、実際は感染力が極めて弱く、薬で完治する病であることが今ではわかっています。けれども、そうした差別は昔の人が非科学的で無知だったから生まれた、と言い切れるでしょうか。今回の新型コロナウィルス感染症の流行により、感染した人や医療関係者などに様々な差別や嫌がらせが生まれましたが、ハンセン病隔離期当時の人々のメンタリティーと、今の私たちはほとんど変わっていないように思います。
 映画監督として『赤西蠣太(あかにしかきた)』(1936年)、脚本家として『無法松の一生』(1943年/監督:稲垣浩)『手をつなぐ子等』(1948年/同)など、人間性あふれる作品を残した伊丹万作(1900~1946年)は、『小島の春』を批判した文章(『映画とらいの問題』1941年)(注1)で、「らいがそれ自身何らの罪でないにかかわらず、現実には、かくのごとく憎悪されずにいられないという宿命のおそろしさに目をふさいで、快く泣ける映画が作られたということはいろんな意味で私を懐疑的にしないではおかない」と語っています。しかし、実際に患者の厳しい現実を見てきた彼は「らいに関する映画が、たとえどのように正しく扱われ、正しく描かれていたとしても、私一個人はやはりそれを見たいと思わないし、そのような題材を劇映画で扱ってもらいたくない」と言っています。

◆映画と小説

 砂の器』は、丹波哲郎のベテラン刑事と森田健作(前千葉県知事)の若手刑事が犯人の足跡を追う前半と、和賀がなぜ三木謙一を殺害するに至ったかの、後半の動機の解明に大きく分かれます。小説と映画では色々な点で異なっていて、小説では和賀が現代音楽家で、超音波を利用して連続殺人を犯すという設定だそうです。超音波でたった一人の人を狙って殺すのはとても難しい気がしますが、それを連続で行ったとなると、和賀は音楽家と言うより兵器マニアのようです。
 映画はそうした殺人のトリックの代わりに、後半のヒューマンドラマに重きを置いたのでしょう。本浦親子のさすらいの旅はちょっとセンチメンタルすぎるかとも思いますが、この場面こそ『砂の器』、『砂の器』と言えばこの場面です。うねるようにラストを盛り上げる、オーケストラによる「宿命」と、刑事が語る事件の背景と、親子のさすらいの旅風景の三重奏。
 撮影は野村監督の松本清張原作映画8本のうち、『張込み』を除く7本を担当した名カメラマン・川又昂(かわまたたかし)、脚本は、橋本忍山田洋次です。橋本忍は、清張原作の6本の映画のシナリオを書いています。
 わが白井佳夫師匠と川又カメラマンの対談(注2)によれば、松本清張は映画『砂の器』を非常に気に入っていて、橋本忍の脚本を賞賛し、ラストの音楽と映像のからみ合いは小説では書けない、映画じゃなきゃできない、と語っていたそうです。本浦親子の子役が、雪の荒海のロケで帰る帰ると泣いてしまったこと、ロケ中に入った町の食堂で本当に物乞いと思われて、お婆さんがこの子の下げている箱に二百円入れてくれたことなどの裏話も、川又カメラマンが打ち明けています。

 松本清張は、自分の原作のテレビドラマ・1978年のNHKの『天城越え』に出演したことがあります。『砂の器』のような巡礼姿で、あの分厚い唇からもみだすようにセリフを語り、ドラマの終盤をギュッと引き締めていました。

 

注 
(1)出典:青空文庫/初出:『映画評論』1941年5月号
「らい」は、原題および原文では漢字で表記されています。「らい」という病名は、 1996年のらい予防法の廃止のときに正式に「ハンセン病」に改められました。

(2)対談 白井佳夫・川又昂「松本清張の小説映画化の秘密」
松本清張研究』1996年創刊号/砂書房 所収

 

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