この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

このブログについて (はじめに)

 「猫が出てくる映画」を毎回1本、観客目線で紹介・批評するブログです。と言うと、猫の可愛さ・神秘性を堪能できる猫たっぷりの映画を期待されるかもしれません。このブログには、堂々主役を張る猫から、「あそこに出てる!」というくらい瞬間猫ショットの映画も多々・・・。というのは、「映画に出てくる猫について語る」のではなく「猫が出てくるという条件でピックアップした映画について語る」ブログだからです。
 映画について文章を書いて人に読んでいただきたい、と思いつつ、巨匠の名画のことをいまさらちょっと書いてみたところで誰も見向きもしないだろう、新作映画はSNS上で瞬時にレビューが飛び交う時代、無名の人間の批評なんて読む人いないよね、とモヤモヤする中、猫が出るとも知らずに見た映画に思いがけず登場する猫の姿に、猫好きとして喜びを感じていました。ストーリー上の必然もないのに、なぜ監督はわざわざこのシーンに猫を使ったのか・・・。私のように猫が隠れている映画を見つけたいと思っている人がいるのでは・・・。それがこのブログを書くことにしたきっかけです。
 「猫が出てくる」を条件に選ぶと、自分が普段あまり見ないジャンルの映画や、評論で取り上げられないような映画もまじってきます。選り好みせずに筆を執って、幅広い方に読んでいただけたらと思います。ただし、アニメは人間の都合で猫を自由に造形できてしまうという理由で、対象外とさせていただきます。
 あなたが猫好きでも、そうでなくても、ここで紹介した映画があなたにとって忘れられない一本になりますように。

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◆師匠からのメッセージ

 このブログの公開にあたり、映画について書くことの面白さに導いてくださった、映画評論界の重鎮・白井佳夫師匠から応援メッセージをいただきました。師匠は、東京・池袋の西武百貨店別館のカルチュアセンター「池袋コミュニティ・カレッジ」で、月2回、映画を見てディスカッションとレポート発表を行う「白井佳夫の東京映画村」を開講しております。見学もできますので、関心のある方はどうぞお越しください(TEL:03-5949-5488)。


 猫美人さんは、わたしが講師を務めた、東京芸大での特別講義や、池袋の東武カルチュアセンター(閉校)や、池袋コミュニティ・カレッジに引き継がれた『白井佳夫の東京映画村』の生徒の中で、特に切れ味のいい映画の文章の書き手で、その面白さは保証いたします。彼女のユニークな個性をじゅうぶん楽しんでください!」
                          映画評論家

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◆参考書籍
 『スクリーンを横切った猫たち』 千葉豹一郎著 2002年 ワイズ出版
 『ねこシネマ。』 ねこシネマ研究会編著 2016年 双葉社

イラスト担当:茜丸

 

人間蒸発

  製作:1967年
  製作国:日本
  日本公開:1967年
  監督:今村昌平
  出演:露口茂、早川佳江、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    勤め先の社長の飼い猫?
  名前:不明
  色柄:白? 薄い色の茶トラ?
     (モノクロのため推定)

失踪した婚約者を探す一人の女性。現実とフィクションの間を知られざる過去が行き来する。


◆テレビからの発信

 「人間蒸発」と言っても、宇宙人にさらわれた、などというSFもどきの話ではありません。昭和40年代頃から、人が突然失踪することを「蒸発」と呼ぶようになりました。文字通り、蒸発したように、跡形もなく姿を消すからです。この映画の題名がもとになっているのか、それ以前から人の失踪をこう表現するようになっていたのかはよくわかりません。
 この映画の中でTV番組「木島則夫モーニングショー」の、失踪した人をテレビで呼びかけて探し出そうとするコーナーが登場します。家族や知人が登場し、失踪した人の特徴などを伝え、市民からの情報を求めるというものでした。人には言えない事情があるからこそ黙って姿を消す本人、世間の好奇の目にさらされながらカメラの前で呼びかける人、息苦しくなるようなテレビの記憶です。

◆あらすじ

 昭和40年(1965年)4月、大島裁(ただし)という、当時30歳の青年が、勤め先の会社の出張のあと独身寮に荷物を置き、忽然と姿を消した。勤め先には顔を出さず、婚約者の早川佳江(本人)にも何も告げることはなかった。映画監督の今村昌平は、現代の日本の中でかくも多くの人間が蒸発するという現実を追究しようと、大島が姿を消して1年半ほどたってから、佳江が彼を探す過程を撮影し、俳優の露口茂を各地の取材に同行させる。
 大島はおとなしい性格で、おしゃれで女性にもてたが、仕事はあまりできず、会社の金を何度か着服したことや、佳江の知らない女性関係があったことなどが次々と明らかになる。中でも、佳江の心を波立たせたのは、佳江の姉のサヨが、自分に黙って大島と二人で会っていたという目撃証言だった。自分の知らない大島の素顔を知るとともに、佳江の大島に対する気持ちは薄れ、撮影中ずっと自分に付き添っている露口茂を愛するようになる。
 芸者をやったり、誰かの二号になったりした姉のサヨを子供のころから「不潔だ」と嫌っていた佳江は、大島の会社にサヨが電話をかけていたという電話交換手の話と、サヨが大島と歩いていたのを目撃したという近所の店の人の話をもとに、露口と今村監督が同席する場で、サヨを追及する。サヨはそんなことは一度もないと言い張るのだが・・・。

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◆猫の蒸発

 映画が始まってから30分ほどしたところで、ほんの数秒、猫が登場します。大島さんが勤めていたプラスチック製品の問屋で、大島さんと噂になっていた女性関係の話を社長夫人や女子社員から聞いている場面です。昔の店によくあった、上り口の奥が自宅になっているようなところで、柱の陰で佳江さんと見られる女性が、社長宅の飼い猫らしい猫を抱いています。
 大島さんは新潟の農家の四男。親から継ぐ田畑もなく、中卒で東京のこの会社に集団就職し、社長一家の息子のようにして大人になったよう。そんな彼が姿を消したことに、社長夫妻も心を痛めています。
 一方、大島さんと姉との疑惑に苦しむ佳江さんは、2匹の白猫を出刃包丁で切りつけ、木箱に詰めて上から板で押さえて釘を打ち付けるという陰惨な夢を見ます。自分の中にそんな残虐性があったのかとぞっとした、と佳江さんは語ります。

 猫を飼ったことのある人で、かわいがっていた猫が蒸発し、悲しんだ経験をされた人も多いと思います。猫が帰ってくるおまじないも古くからありますが、近年すっかり猫返し神社として有名になったのは、東京・立川の「阿豆佐味天(あずさみてん)神社」。ジャズピアニストの山下洋輔が愛猫の行方不明でお参りした翌日、帰ってきたといういきさつを書いた『猫返し神社』(飛鳥新社、徳間文庫ほか電子書籍も)という本を読まれた方も多いのでは。
 今年2022年6月から、販売される犬猫にはマイクロチップの装着義務化、それ以前から飼っている飼い主には努力義務化されることになっていますが、これで蒸発した猫が無事飼い主の元に戻ることが増えればうれしいことです。「あそこが嫌で家出したのにまた連れ戻された」と嘆く猫もいるかもしれませんが。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆映画と虚構

 今村昌平監督が、どのようにしてこの映画のメインキャラクターである早川佳江さんに白羽の矢を立てたのかは描かれていませんが、これは、実在の失踪者を探すという過程の中で、何が真実で何が虚構かが混沌としてくる、何とも不可解な味わいの映画です。ところどころでゲリラ的な隠し撮りも行われ、関係者のプライバシーが一皮、また一皮と暴かれて行きます。
 実はこの映画は、ドキュメンタリーの形をとりながら、フィクションでもあり、その境ははっきりとはわかりません。けれども、どこが現実で、どこがフィクションか、と区別することはあまり意味のないことと思います。まだ見たことのない方は、この映画をあまり調べたりせずに見てほしいと思います。いいか悪いか、面白いか面白くないか、という評価とは別の、映画というものが本質的に備えている虚構性というものに向き合うことができるからです。

◆真実のありか

 真実を写すと書く写真であっても、映像であっても、自動シャッターだったり、固定して映しっぱなしだったりするものを除いて、何かを写そうと人間が介在する限り、必ず何らかの主観が混ざります。それは、現実を客観的に取材していると見えるドキュメンタリーにおいても、です。「人間の欲望」を伝えようとドキュメンタリーを製作する場合、そのテーマに沿った映像や発言が取捨選択され、作り手が自分の都合に合った「真実」を創作することができるのです。たしかに、それは現実の断面であり嘘ではないのかもしれませんが、あくまで一部分でしかなく、鏡のように現実を映しているように見えるドキュメンタリーであっても、そこに虚構がないとは言えません。映画として何かを残す限り、それはドキュメンタリーの形を取りつつもフィクションの要素が混ざりこまざるを得ない、ということがあるのです。『人間蒸発』は、真実でもあり虚構でもある、極めて映画的な経験ができる作品だと言えるのではないでしょうか。
 人間は誤った記憶を真実と思っている場合があります。それは嘘ではなく、その人の世界では真実です。私たちは、自分がこうだと思っていることをなんら客観的事実と証明することができない、そういうあやふやな世界に生きているということをこの映画は写し取っているように思うのです。

◆監督今村昌平

 人間の欲望や性、土俗性を作品の前面に取り込んだ今村昌平監督。生き物としての人間の発する禍々しい匂いと、泥の匂いとが結合して漂ってきそうな映画とでも申しましょうか。
 『人間蒸発』でも早川家の先祖代々にわたって調べ上げているように、リアリズムを追求し、ロケで狭い室内にカメラを入れて、撮りたい映像を撮るために隣の家に入って壁に穴をあけたとか、当事者への綿密な取材でインタビューノートが何冊にもなったり、出演する素人が質問に合った答えを話しだすまでカメラを回しっぱなしにしたりなど、材料を集めすぎて何が何だかわからなくなくなってしまったという話も(注1)。
 テレビも含めドキュメンタリーの時期のあと、実在の犯罪者をモデルにした佐木隆三の小説が原作の『復讐するは我にあり』(1979年)で、国内の多数の映画賞に輝きます。
 その後、日本の姥捨ての因習を描いた『楢山節考』(1983年)と、妻を殺した男が立ち直っていく『うなぎ』(1997年)で二度、カンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールを受賞しています(『うなぎ』のロケ地近くの鰻屋に入ったとき、今村監督のサインが飾ってありましたっけ)。
 1975年、現在の日本映画大学の前身である、横浜放送映画専門学院の初代校長・理事長に就任、映画界・テレビ界に人材育成の面でも貢献しています(私の高校のクラスメートで、普段いるのかいないのかわからないのに、先生が雑談で映画の話をちらっとでもすると、すかさずそれにコメントを発したW君はここに進んだはずですが、今どうしているのやら)。
 『人間蒸発』の中でも、少し頬のふっくらとした恰幅の良い姿をたびたび登場させていた今村監督は、NHKのインタビューで、「人間ってものがかくも複雑多面体、ということがある。昨日のことと今日言うことが違うということは、ウソでもあるが両方とも本当だっていうことだってあるわけですね。それは表裏一体なものなので、それを総じて人間だというわけでしょ。甚だ面白きものだと思います」、と語っています(注2)。

◆蒸発の波紋

 『人間蒸発』では、大阪の淀川で大島さんにとても外見のよく似た水死体のデータが見つかります。ぱっと写真を見た瞬間、大島さん本人ではないか、と思うのですが、映画はその死体が大島さんだったかどうかの解明には向かいません。あくまでも、大島さんの蒸発を巡っての周囲の人間たちの混乱に向かっていくのです。この映画の製作そのものをも含めて。

 

(注1)「今村昌平監督の日本的リアリズムと人間学」(『監督の椅子』白井佳夫/(株)話の特集/1981年)
(注2)「あの人に会いたい/今村昌平」(「NHKアーカイブス」より)撮影年月不詳

 

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次回予告 1月22日(土)公開予定

「この映画、猫が出てます」をご愛読いただきありがとうございます。

次回の作品は

『人間蒸発』(1967年/日本/監督:今村昌平

失踪した婚約者を捜す女性を取り囲む真実と虚構。今村昌平監督の問題作。

(この予告編は本編公開時に削除します)

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落穂拾い

  製作:2000年
  製作国:フランス
  日本公開:2002年
  監督:アニエス・ヴァルダ
  出演:アニエス・ヴァルダ、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    アニエス・ヴァルダのペット
  名前:?
  色柄:キジトラ、黒白
  その他の猫:生理学者マレーの連続写真の白猫

捨てられる食べ物やゴミを拾う人々を追うドキュメンタリー。持続可能な社会とは?


◆どこからがゴミ?

 会社員だった頃、残業帰りにコンビニに夕食用のお弁当を買いに寄ると、目の前で店員さんが、消費期限が近づいたお弁当をポンポン棚からかごに投げ捨てるところに何度か出くわしました。1分前に私が来たらこのお弁当を買って家で食べただろうに、私が買うはずだった物はゴミに相当する物だったのか、このお弁当はこの後どうなるのか、食べ物をあんなに乱暴に投げることないじゃないか、といやな気持ちになり、何も買わずにコンビニを後にしたこともありました。
 年明け第二弾は、捨てられた物から私たちの生き方を考えるドキュメンタリーです。

◆あらすじ

 ミレーの「落穂ひろい」の絵のように、昔は収穫が終わった畑で、取りこぼしの作物を拾い集めることは当たり前だった。すたれてしまった風習なのか、と1928年生まれの映画監督のアニエス・ヴァルダはフランス各地を取材する。
 「自分もやっていたけれど農業機械の導入で今では誰もやらない」と語る人、市場で取引の終わった後の残り物を拾い集める人々、出荷先のスーパーの規格に合わないジャガイモを廃棄する農家、生産計画を超える収穫は全部つぶす生産者・・・アニエス・ヴァルダの旅は、海のカキの養殖地、そして食べ物ばかりでなく、拾ったゴミでアートを創り上げる人々、修理してリサイクルする人々などを追っていく。
 捨てられた物を拾うある人が語った「物の方から自分に声をかけてくる」という言葉のように、アニエス・ヴァルダも思いがけない物や人との出会いに導かれていく・・・。

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◆猫好き監督

 この映画は、きりりとした猫の顔のアップで始まります。監督のアニエス・ヴァルダの飼い猫です。ブラウン管式のデスクトップパソコンのディスプレイの上に乗っています。温かいので、ここに乗る猫、多かったですよね。アニエス・ヴァルダは猫好きで、自分の映画にたくさん猫を登場させています。この猫は、彼女の遺作の『アニエスによるヴァルダ』(2019年)で、貝殻やお花で飾ったかわいいお墓が紹介される「ズググ」という名のキジトラの猫ではないかと思います。『落穂拾い』は、アニエス・ヴァルダが、事典の「グラナージュ(収穫物を拾い集めること)」と「グラヌール(拾い集める人)」の項を読み上げて話が動き始めますが、その事典に猫が頭をスリスリこすりつけ愛嬌を振りまきます。
 この映画の中、アニエス・ヴァルダが日本から帰宅したときの映像には、ほかに白黒の猫も映っています。帰国の荷物の中から「第11回東京国際映画祭協賛企画『カネボウ国際女性映画週間』」(1998年)の冊子が出てくるので、この関連で来日していたと思うのですが、このときの上映作品にアニエス・ヴァルダのものはないようです。日本みやげの中に、富士山や浮世絵の絵葉書があるのは定番ですが、プリクラがあるのがかわいい。有馬温泉の老舗旅館の風呂敷らしき物も見え、彼女を身近に感じます。
 アニエス・ヴァルダがこの映画の取材で訪れたフランスの地主の一人が、連続写真で動物の動きなどを撮影した生理学者のエティエンヌ=ジュール・マレーのひ孫というのも偶然でした。マレーが自身で製作した「写真銃」で撮影した、フィルム映画の元祖のような、白猫が歩くクラシックな画像が珍しいです。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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サステナブルな世界

 2021年は、SDGsという言葉が一挙に広まりました。Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略です。2030年までを目標に国連が掲げた「行動の10年」が2020年にスタートし、地球環境を守りながらできる開発や誰もが人間として尊重される社会について、加盟各国が17の目標達成のための具体的な活動に落とし込んでいます。
 農業では、目標2「飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する」、目標12「持続可能な生産消費形態を確保する」などが関係するでしょうか。気候変動による生産物の質や量の変化、人口とのバランス、安全性など、食料には多くの課題があると思いますが、我々市民レベルで実践したいのは食品ロスの問題だと思います。

 アニエス・ヴァルダは、20世紀も終わりに近づいたある日、取引の終わった市場に散らばっている野菜や果物を拾っている市民を見て、ミレーの絵画「落穂ひろい」を思い出し、その風習をたどる旅に出ます。自分で運転する自動車に、軽量のデジタルビデオカメラを積んで。振出しはミレーの「落穂ひろい」を展示しているオルセー美術館です。
 彼女は危機感を訴えたり、問題意識を喚起しようと緊迫感のある映像で迫ったり、という社会派ドキュメンタリー的な手法をとりません。現代の地球規模での危機を先駆的に捉えたドキュメンタリーと言うより、彼女の興味のおもむくにまかせ、映像作家として自身の介入をできるだけ抑え、スナップのように記録しています。

◆「もったいない」の精神

 そんな中でも、アニエス・ヴァルダが物を拾う人々を見て発した「皆、つましく腰をかがめる」というコメントが印象に残ります。物を拾うのだからかがむのは当たり前、なのですが、その首を垂れている姿勢が、どこか神からの恵みに感謝する敬虔な姿に見えなくもありません。
 彼女のコメントらしいコメントがもう一つ。生産計画を超えた収量のブドウをつぶすブルゴーニュのブドウ農家や、木に残った商品価値の劣るイチジクの実を摘ませない農家に対し「生産者の苦労も権利もわかるけどケチな生産者が多いわ」「“落穂拾い”に目くじら立てて、心が狭いのよ」とチクリ。
 落穂拾いのような、「不要な物を必要とする人へ」「もったいない」の精神は、彼女の言うとおり、たいへん重要です。けれども、一方で、苦労して改良した品種が外国に持ち出されるという事件などから生産者を守る手立ても必要な現在では「ケチ」とばかりは言えない側面もあると思います。

◆正解はどこに?

 アニエスの取材は、カキの養殖場から嵐や大潮のあとに流れ着くカキを拾う人々、スーパーから訴えられたホームレスの若者たちなどにも向かいます。
 カキ養殖場では、養殖場からある程度離れた場所のカキなら取っていいようなのですが、何メートル離れていればいいのか、養殖業者も、取りに行く人も、数字はまちまち、取っていい量についても同様で、正しいルールが共有されず、混乱を招いています。
 ホームレスの若者たちは、スーパーのゴミをあさって食べていたのに、スーパーがゴミに殺菌剤をかけるようになったことに腹を立て、ゴミ箱を倒したり設備を壊したりして訴えられます。彼らは見かけからして主張のありそうなアーティスト風。自分たちの選んだスタイルを邪魔するな、という風情です。
 捨てられたゴミから芸術作品を創り上げる人々も。特に数多くの捨てられた人形を組み込んだ、元レンガ職人の作った「リトナンスキーの理想の家」は、偏執性と創造性の、めまいを呼ぶマンダラ。食べ物と違って新たな命を吹き込まれた物たちは、永遠に残るのでしょうか? 再び捨てられるのでしょうか? 
 アニエス・ヴァルダの関心はこれらの人々の生き方に向けられています。
 国連は「誰一人取り残さない」という思想を掲げていますが、誰もが納得できる循環は、どこまでルール化すれば成り立つのでしょう。何が正解なのか、誰がそれを決めるのか、やり方によっては微妙な話です。たとえば、SDGsのために管理された場所に変わったために、いままでそこから自由に何かを拾って生きていた人々が場所を追われて放浪したりなど・・・。『落穂拾い』に登場する個性的な人々は、そういうあるべき社会が実現しても、またより自分らしい自由を求めてその枠から飛び出して行ってしまうような気がします。

パンデミックの中で

 この映画には続編として2002年に『落穂拾い、ニ年後』、がありますが、それももう20年前。いまは、新型コロナウィルスの流行によって、食べ物を拾うことで生活していた人たちがどうなっているのかが気になります。日本でも、普通の生活をしていた人たちが仕事を失い、生活に困窮する事態が続いています。世界中の多くの人々がそれまでバランスを保っていた暮らしを奪われ、落穂のようにこぼれ落ちてしまうというようなことを、誰が想像したでしょうか。

 『落穂拾い』は、ヨーロッパ映画賞最優秀ドキュメンタリー賞、フランス映画批評家協会賞の最優秀映画批評家賞を受賞。アニエス・ヴァルダは、この映画の中で1998年に来日していた様子が見てとれますが、その後2018年に来日予定で、体調不良のため中止、2019年に乳がんのため90歳で亡くなります。写真家としてキャリアをスタートし、1954年に映画監督のアラン・レネの勧めで『ラ・ポワント・クールト』で映画監督デビュー。「ヌーヴェル・ヴァーグの祖母」というニックネームのように、親しみと尊敬を集めていたことがうかがえます。
 先ほども言ったように猫好き監督なので、これからも時々彼女の映画を紹介させていただくことになるでしょう。2018年に来日できなかったときの日本へ向けてのメッセージ動画の背景にも、スヤスヤ寝ている猫が映っています。https://cinefil.tokyo/_ct/17261920


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日本一のゴマすり男

  製作:1965年
  製作国:日本
  日本公開:1965年
  監督:古澤憲吾
  出演:植木等浜美枝中尾ミエ東野英治郎進藤英太郎、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    主人公の家の子猫2匹
  名前:不明
  色柄:黒白と三毛


高度成長期サラリーマンの必殺技はゴマすりだった! 植木等主演の痛快娯楽作。


◆日の出の勢い

 敗戦による壊滅的な打撃から奇跡の復興を成し遂げ、経済大国に成長し「ジャパンアズナンバーワン」とまで言われた日本。最近の世界の中では経済戦略に後れを取り、いずれ貧乏国に凋落するとまで言われています。実質賃金も伸び悩み、将来に不安を感じた国民はますます貯蓄に走る…と、国内消費も好循環が生まれるきっかけをつかみかねている、という状況です。今年はコロナのリベンジ消費で景気が上昇するのか、第六波が襲って再び冷え込むのか? お正月を迎え、この一年の先行きに明るいものを見つけたいものです。
 そんなわけで今回は、これを見て元気を補給しようと、高度成長期の日本のエネルギーがびっしり詰まったコメディをお送りします。ベタなギャグの数々も昭和の貴重な遺産です。

◆あらすじ

 大学を卒業し、就職の決まった中等(なか・ひとし/植木等)は、定年まで係長どまりだった父親に、ゴマすりは出世の近道、と発破をかけられ、東京の外国車の輸入販売業者・後藤又自動車に初出社する。誰も来ていない時間に出社した等が、勝手にお客さんを試乗させて周囲を慌てさせるが、そのおかげで車が1台売れ、セールス担当の細川眉子(浜美枝)にマークされる。等は入社早々のこんな行動がもとで、庶務課文書係に回され、一日中封筒の宛名書きをさせられることになる。眉子は、そんな等に、自分と同じ契約セールスマンにならないかと持ち掛ける。
 等は、父がサラリーマンのときに同期だった後藤又自動車の社長(進藤英太郎)に泣きついてくれたおかげで、自分の補欠入社が決まったことを知り、このままでは出世はおぼつかない、父の教訓を活かしてゴマすりで出世街道をのし上がろうと決意する。係長、課長、部長、と、趣味や引っ越しの手伝いやらですり寄り、ついに重役の大掃除を手伝った縁で、親会社の後藤又商事の社長令嬢・鳩子(中尾ミエ)と知り合う。鳩子は飛行機の操縦が趣味。等は、後藤又商事の子会社の後藤又航空の試作した飛行機に、操縦免許を持っていると嘘をついて鳩子と二人で乗り込み、二人とも着陸の仕方を知らずに冷や汗をかきながらもなんとか着陸する。そのめちゃくちゃな操縦のせいで飛行機の商談が壊れ、鳩子の父・後藤又商事の大社長(東野英治郎)は、後藤又航空を潰す、と怒り心頭。
 そんなとき、等はアメリカから単独太平洋横断飛行で日本にやってきたジョージ箱田(藤田まこと)という青年に近づき、鳩子と引き合わせる。二人は結婚の約束をするが、鳩子の父が大反対。等は、二人のためにあるアイデアを思いつく・・・。

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◆カゴの中身

 猫の登場時間はわずかですが、猫好きの人なら見て損はありません。映画が始まって3分もしないうちにそのシーンが始まります。
 等の実家は、静岡県の半農のよう。等が門の手前で、母(吉川満子)に、就職試験に合格した、と報告する背景に雪をまばらに頂いた富士山が映っています。等が庭先に入ると、父(中村是好)が豆を天日干しにしている、その傍らに作業台があって、そこに竹籠が置いてあります。その竹籠の中に、黒白と三毛のかわいい子猫が入っているのです。息子がサラリーマン生活を始めるにあたって、父は出世できなかったわが身を振り返り、「ゴマもすり様によっては出世の近道。お前には父さんに代わってでっかいゴマをすり当ててほしい」と語り、等にすり鉢の本物のゴマをするよう促します。若者らしく「現代は実力とファイトさえあれば認められる世の中」と、ここではまだ言っている等。その二人のやり取りの間、初めはおとなしかった2匹の子猫が、本気でバトルを始めるのです。
 三毛、狙いを定めて右の猫パンチ! おおっと~、黒白、リング外から応戦だ!!
 作業台に等が座ってゴマをするのに乗ってくると、今度はその振動で台から落ちまいと、バトルを忘れて踏ん張る2匹。意味はなく出番も短いけれど、ワンポイントでほっこり。意外な映画の意外な猫名場面です。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆東京のレガシー

 1964年の東京オリンピックに向けて様々な都市インフラが開発・整備されたことはご存じかと思いますが、1965年5月公開のこの映画には、そうした施設や建造物の完成からまだ間もない姿が記録されていて、映像資料としても面白く感じます。
 空撮によるタイトルバックの映像では、周囲を田畑に囲まれた中で東海道新幹線の上り下りがすれ違います。映像は東京に向かい、首都高速道路駒沢オリンピック公園などのオリンピックのレガシーに続いて、東京タワー、東京港などを経て、主人公の上京の目的地の、後藤又自動車の社屋があると思われる東京中心部のオフィス街に到着。監督の古澤憲吾の名前がかぶります。
 本編の中にも、オリンピックに合わせて開通した東京モノレール、国立代々木競技場、そして都電の線路が撤去された跡が残る道路が映り、東京の今の形の原点を見ることができます。敗戦からわずか19年でここまでたどり着いた当時の日本のエネルギーには驚嘆するばかりです。それにしても、1964年のオリンピックで作られた競技施設のデザインの美しさには、崇高なものさえ感じます。

◆カブトムシが走る

 等の入社した後藤又自動車は、自動車の輸入販売業者ということで、株式会社梁瀬(現在の株式会社ヤナセ)が映画に協賛し、当時の輸入自動車を見ることができるのもこの映画のポイント。映画の公開の1965年に自動車の輸入が自由化され、ショールーム兼オフィスには、キャデラック、ボルボビュイックといった車好きにはたまらない名車がズラリ。ここに出てくる車のデザインも、全く古臭さを感じさせません。さらに、浜美枝演じる眉子の運転する、フォルクスワーゲンのカブトムシと呼ばれるタイプのオープンカーになるコンバーチブル車が、色と言い形と言い、とてもおしゃれで素敵です。勝気でファッションセンス抜群の眉子にぴったり。この車で首都高を走っていくのですが、ほとんどほかに車が見当たらず、トラックなど全然見られません。これが東京か? と目を疑いたくなります。
 脱炭素社会に向け、車も大きく変革する時代。カブトムシは2019年に生産終了してしまったそうですが、あの愛嬌のあるコロンとした形もまた、20世紀のレガシーのひとつです。

◆あなたのお歳を聞いたなら♪

 そうした記憶とともに、20世紀の大衆文化の記憶もよみがえってきます。
 等が、眉子と食事をして自分のアパートに帰ったあと、部屋で「あなたのお名前なんてえの?」「なか・ひとしと申します」と調子を付けて腰をフリフリ踊るのは、1960年代のテレビの人気番組「アベック歌合戦」の真似です。司会は芸人のトニー谷で、公開録画。文字通り、素人の男女がアベック(男女二人連れ)で舞台に登場し、トニー谷が拍子木を打ってツイストを踊りながらさきほどのような質問をして、アベックがそれに答えたあと、歌を歌って何組かで競い合う、という視聴者参加型番組。トニー谷の質問には「あなたとあなたの関係は?」などというものもあり、「恋人同士でございます」と答えると「あなたとあなたのなれそめは?」と来て、詰まって答えられず、会場がどっと沸く、などということも。この歌うような司会者と出場者の掛け合いのリズム、見たことない人にはわからないでしょうね~。昭和の頃は視聴者がクイズやかくし芸などで登場するTV番組がたくさんありました。いや、懐かしい。
 課長にゴルフの指南を頼んで、課長が「俺の指導は大松式だぞ」と言うのは、東京オリンピック女子バレーボールの監督・大松博文氏が厳しい指導で有名だったところから。
 上流の社交場として日高(ひだか)パーティーというものがあった、ということもこの映画で思い出しました。ここで結ばれたカップルも多数。等の会社の目高(メダカ)という重役が登場しますが、なんで「メダカ」などという名前なのか、と思っていたら、夫妻で若い男女を集めて目高パーティーを催す、というパロディだったのでした。

◆歌って踊って

 『日本一のゴマすり男』は、さかんに植木等が歌って踊る歌謡映画。ヒット曲にあやかって映画が製作されたり、古澤監督も手掛けた「若大将シリーズ」のように挿入歌がヒットしたり、美空ひばりなどの人気歌手やグループサウンズが出演したり、今もあるアイドル映画の源流ですね。植木等が所属したバンド「ハナ肇とクレージーキャッツ」は、『クレージー黄金作戦』(1967年/監督:坪島孝)で、ラスベガスのメインストリートをメンバー全員で横いっぱいに広がって歌い踊るという、すごい映画を残しています。
 1964年に須川栄三監督が『君も出世ができる』というミュージカル映画を作りました(植木等も少しだけ出演しています)。悪くはないのですが、借りもの感がぬぐえません。個人的には、宝塚っぽい恋愛ミュージカルにしておけば意外にヒットしたのではないかと思うのですが・・・。
 『日本一のゴマすり男』の、植木等の踊りを見ていると「ナンバ」の動きが見られます。右手と右足のように、同じ側の手足を出して進んで行く動きです。明治時代、日本がフランス式の軍隊を導入したとき、行進させるとナンバで歩き出すので指導者が苦労した、という話をどこかで聞いたことがあるのですが、日本人はナンバの動きが自然に出るらしいのです。そして、植木等は、バンザイをして片足を上げ、次の瞬間上半身をシーソーのようにバサッと倒す、という動きをよくやります。ナンバのステップとこの動きを組み合わせると、「ドンドンドンドン、ドドンがドン」というリズムにぴったりはまります。輸入物ミュージカルと異なる血、日本らしさを感じずにはいられません。

◆ジャパニーズサクセスストーリー

 上役と見ればおべっかを使って評判が悪くなり、眉子は等に忠告するのですが、等は意に介さず眉子と賭けをします。1年以内に等がゴマすりで出世できたら、眉子は等のものになる、できなければ契約セールスマンになって、等は眉子の助手として働く、と。こんな賭けもアメリカの恋愛コメディだったら、眉子を獲得しようと奮闘努力する主人公のドタバタを描くのでしょうが、この映画では「眉子をモノにする」という動機は脇に置かれ、あれよあれよと幸運が開けて行きます。最後は「運も実力のうち」という言葉で締めくくりましょう。

 クレジットされていませんが、加藤茶が等の大学の後輩役で、すでにあの芸風で出演しています。

 

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